第029話・静かな港町
港のある町に来てみたところ、なんだか港がしーんと静まり返っていました。
いや、人はたくさんいるので静かなはずはないんですけど……、なんというかこう、活気がないというか、意気消沈しているというか……。
船着場にはたくさんの船が繋がれたままですし、港のそばにある市場を見てみても、お魚がほとんど並んでいません。
これはおかしいです。
ジェニカさんの話では、この町はペルセウス共和国内でも有数の漁獲量を誇る港街で、たくさんの漁師や海運業等の船乗りたちが住んでいます。
海自体もいろんな種類の魚が季節ごとにやってくる富んだ海で、漁師たちが沖合に出て毎日新鮮な魚を獲ってきているのです。
なので、この町の市場には常に新鮮なお魚たちが山のように並んでいて、よりどりみどりの買い放題だと聞いていました。
それが、どうしたことでしょう。
さながら今は、寂れた地方都市のシャッター街になった商店街で半分趣味で経営している小さな魚屋さんの商品棚みたいになっています。
つまり全然売ってるものがないです。
それに僅かに売られているお魚もあまり鮮度が良くないように見えますし……。
僕たちは、港の船乗りさんたちに話を聞いてみました。
すると、少し前から沖合に出ることができなくなったというのです。
港から多少離れたぐらいのところまでなら海に出ても構わないそうなのですが、それより遠洋に出るのであれば、海に出てはならないと漁師全体に禁止令が出ているそうです。
なんとも不思議な話です。
ここ数日、特に天気は崩れていなかったですし、海を眺めてみても荒れている様子はありません。
それではなぜ、沖に出てはいけないのでしょうか。
そこでジェニカさんが、この町の漁業組合に勤める知り合いに話を聞いてきてくれました。
すると、このように言われたそうです。
「なんでも、この町の沖合の海に、超巨大なクラーケンが出没するようになったみたいなんです」
ほほう、クラーケン。
「クラーケンって、あの大きなイカの?」
「はい。今まで見たことがないような大きさをしているとか。ソイツが、近づく船に長くてウネウネした足を張り付かせて海中に引きずり込もうとしてきたり、遠くから高水圧のビームを撃ってきて船乗りを襲うのだそうです」
「それは、困りものね」
ジェニカさんの説明に、お嬢様が眉をしかめます。
「何隻かの船が討伐に向かうもことごとく返り討ちに遭い、被害拡大防止のため海域封鎖になったそうです。現在は、数日前に共和国の海軍艦隊が近場の基地から出発したとのことで、もし海に出た船は討伐の邪魔だからクラーケンごと海のもくずにする、と」
それはなかなか、過激ですね。
「この国は、陸軍より海軍のほうが強いですからね。そういう状況ですので、討伐完了か、少なくともこの町の沖合から追い払ったとの報が入るまでは、船を出すことはできないと思われます」
ジェニカさんがそう言うので、僕としてはちょっと思うところがあったのですが。
お嬢様に「……まぁ、この国の問題だからね、まずはこの国でなんとかしてみなければならないわ」みたいなことを言われましたので、ひとまずはそれに従うことにします。
その後僕たち一行は、海の見える位置に建った宿屋で部屋を借り、そこで数日過ごしました。
宿屋では食事も出てくるのですが、普段は新鮮なお魚を使った料理が出てくるであろうところを、お魚がほとんど獲れないのでろくなメニューがなく。
仕方なく僕が、波止場でお魚を釣ったふりをして海中を結界ざる(海水だけ透過する設定の結界です)でさらい、獲れたお魚を宿屋の店主に渡して料理してもらいました。
せっかく港町に来たというのに、しなびた野菜と筋ばったお肉のスープを出されても心躍りませんので。
お陰で最初の日以降は、美味しい魚料理が食べられました。
シンプルな塩焼きから始まり、煮付け、ムニエル、マリネに包み蒸し。
どれも美味しかったです。
「いやはや嬢ちゃん、見かけによらず釣り上手なんだなぁ。ジェン子ちゃんが連れてきただけのことはあるぜ」
と、宿屋の主人に言われました。
いえいえ、僕は男ですので。
「男ぉ? 嘘だろ、おい」
ほんとですよ。
疑うなら見てみますか?
僕が結界製の半ズボンを脱ごうとすると、
「んん、オホンッ!!」
背後からお嬢様の大きな咳払いが聞こえてきたので、自重しました。
店主さんも「ヤベー……」みたいな顔でどこかへ行ってしまい、僕はお嬢様からお叱りを受けたのでした。
◇◇◇
さらに数日後。
町に知らせが届きました。
どうやら海軍の艦隊がクラーケンと戦闘したそうです。
で、その結果。
「か、海軍艦隊が……、半壊!? そんな!」
ジェニカさんが悲鳴を上げました。
どうやら、巨大イカを退治することができなかったようです。
町の住人たちも、皆ざわざわしています。
「戦艦の砲撃でも、びくともしなかったってよ!」
「
「小型の軍艦が一艦、引きずり込まれて上がってこなかったみたいだ!」
船乗りたちは、あまりに衝撃的な結果に天を仰いでいます。
「ああ、もうこの町はおしまいだ……」
なんともお通夜ムードです。
うーん、重苦しい……。
……お嬢様、そのー。
僕は、すがるような目でお嬢様を見ました。
「……そうね。ナナシさん、
僕は、力強く頷きました。
「はい、任せてください」
明日の晩ご飯は、イカ焼きにします。
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