第010話・びっくり仰天お嬢様


 従者、……ですか?


「それって、あれですか。主人を命がけで守る凄腕の騎士さんとか、片眼鏡を付けたイケてるヒゲダンディの執事さんとか、お帰りなさいませご主人様って言うメイドさんとかみたいな、そういうやつですか?」


「そうね。おおむねそんな感じよ」


 ハローチェちゃんは、仁王立ちしたままこちらをびしりと指差してきます。


「この私が命じます。これより向こう二か月間は私の忠実なる僕として私を敬い、私を支え、私を守り、私を助けなさい。私の言うことにはなんでも従って、私が三回回ってワンと鳴けと言えばその通りにしなさい。いいわね?」


 僕は、すぐさまその場で三回回ると、大きな声で「ワン!」と鳴いてみせました。


「なかなか良い心がけね! 良いわ、それなら貴女にチャンスを与えましょう! 見事私の従者として完璧に仕えてみせることができれば、今日の貴女の失態は寛容な心で許してさしあげます!」


「ありがとうございます!!」


 やったあ!


 許してもらえるチャンスをもらえました。わーい!


 しかしなるほど。

 ハローチェちゃんの従者ですか。


 僕は、僕のご主人様となったハローチェちゃんをじっと見つめます。


 毛先にウェーブのかかった銀色の髪は、肩口より少し長めに伸ばしてあります。


 キリリと釣り上がった細い眉。

 大きくて意志の強さをうかがわせるお目々は、エメラルドのような美しい緑色です。


 ツンと上を向いたお鼻。

 きゅっと一文字に結ばれたお口。


 ほっぺたはほんのりと赤みがかり、少女らしい丸みのある輪郭をしています。

 首はとても細くて、体つきもまだまだ華奢です。


 しかしながら、お胸はどーんと女性らしい膨らみがあり、お腹周りのくびれの細さから丸いお尻への曲線は少女から女性へと花開く前の蕾のような儚さがあります。


 そしてなにより、すらっと伸びた手足。


 特にふくらはぎからくるぶしをへて、足先へと伸びるこの黄金グランド曲線ラインの美しさは、僕が今まで見てきた女の子のお足の中でもトップファイブに入る美しさです。


 うん。良いですね。

 控えめに言って、超可愛いです。


 見た目といい性格といい、とてもお嬢様っぽくて良いです。


 これから僕はハローチェお嬢様の忠実なる僕として働けるわけですか。


 わあい、なんだかとってもワクワクしてきました。


 こんな可愛いお嬢様にお仕えできるなんて。


 このナナシ、テンションアゲアゲ⤴︎⤴︎になってきました。


 僕はさっそく、従者としてのお気持ちを現すことにします。


「それではお嬢様。お嬢様がお眠りの間にお昼ご飯の準備をしてあるのですが、これからお食事はいかがですか?」


「あら、やるじゃない! 確かにお腹が空いてきてるわ! それならさっそくお昼ご飯にしましょうか!」


「かしこまりました。それでは外へご案内しますね」


 僕は、ハローチェお嬢様用のお召し物(結界布製の、病院着みたいな形のものです)を用意して着せ、サンダル(木と蛇皮で作ったもの)を履かせてから家の外に案内しました。


 炊事場は家の外なんですよ。

 家が燃えると怖いので。


 それに天気が悪くても結界で拠点全体を覆っているので濡れませんし、ご飯は大自然の中で食べるほうが気持ちいいですから。


 家の扉を開けてお嬢様を拠点広場の真ん中まで案内します。


 すると、空を見上げたお嬢様が、ピタリと足を止めました。


「……ナナシさん、ひとつ聞きたいのだけれど」


「なんでしょうか、お嬢様?」


「貴女、結界術を使えると言っていたわね? まさかと思うけど、この広場全体を覆うバカデカい結界も、貴女が作ったものなのかしら……?」


「はい。この森の生き物から家や神殿を守るために常時この拠点全体を僕の結界で覆ってあります。なので、この結界の中にいるうちは、この森の生き物たちはお嬢様に指一本触れることはできませんとも」


 どうぞご安心ください、と言ったものの、なぜかお嬢様のお顔は優れません。


 それどころか、どんどん表情が強張ってきて、血の気が引いているみたいに見えます。


 どうしたんでしょう?

 なんだか、見てはいけないものを見てしまったかのような表情です。


 ハローチェお嬢様の視線の先を見てみても、があるだけで変わった物はありません。


 うーん、なんなのでしょうか?


「あ、あの、もうひとつ聞きたいのだけれど、かまわないかしら?」


「なんでしょうか、お嬢様?」


「そこの、その、とても大きな少女の像は、いったい何なのかしら?」


「? 女神様像ですが、なにか?」


 僕が答えると、お嬢様は「女神様……?」と訝しげな顔をされました。


 おや、ハローチェお嬢様は女神様のことをご存知ではない?


「お嬢様のお国では、女神様は有名ではありませんか?」


「え、ええ。まったく知らないわ。なんという名前の女神様なの?」


「お名前はお聞きしていませんが、とても優しくて頑張り屋なお方で、僕が心から信仰する女神様です。そこの超巨大女神様像も、僕の信仰心の現れとして僕が一から彫り出したものです。……あ、そうだ。お嬢様、その女神様のことでひとつだけお願いがあります」


「……なにかしら」


「僕、その女神様像の下に作った神殿で毎日の朝夕に礼拝をするのが日課なんです。この礼拝や、女神様像造りでお時間をいただくことがあるかもしれないのですが、お許しいただけますか?」


「神殿……?」


 僕は、神殿の中にお嬢様をご案内し神棚の前で礼拝してみせました。


 神殿に入ったときにさらにお嬢様のお顔が引きつったように見えたのは気になりましたが、「ま、まぁ、いいわ! 貴女の信仰心を尊重してあげる!」と言っていただけました。やったね。わあい!


 ああ、お嬢様ったら、お優しい……。


 こんな優しくて可愛いお嬢様、好きにならないほうがどうかしてますよ!


 これは、罪滅ぼしということ以上にきちんとお仕えしなくてはいけませんね!


 ということで、お怪我もされているお嬢様に一日でも早く良くなってもらうために、まずはしっかりお食事を摂ってもらうことにしましょうか。


「それではすぐに昼食をご用意しますね。それまではテーブルにかけてお待ちください」


 広場に出た僕は、お嬢様の前に結界壁でテーブルと椅子を作りました。


 お嬢様を椅子に座らせて、自分はプテラ君鍋を温め直します。


 先ほど獲れたばかりの新鮮なプテラ君のぶつ切り肉と、芋みたいな形の木の根をいったん茹でてすり潰してから鶏卵みたいな果実と混ぜて丸めて茹で直して作った団子と、大量の山菜をまとめて茹でた特製鍋です。


 昆布みたいな植物と鰹節みたいな木の皮を使って出汁も取ってあるので、美味しいですよ。


 温め直したお鍋からお嬢様の分を取り分けて持っていくと、お嬢様は真剣な顔で僕を見つめていました。


「ねぇ、ナナシさん。貴女がさっきから使っているのは、もしかしてだけど結界術なのかしら?」


「はい、そうですよ」


「いきなり椅子やテーブルが現れたり、調理の火をつけたり、スプーンやお皿やコップが勝手に動いて私の前にやってきたのも、全部?」


「はい。全ては女神様から直々にいただいた結界術によるものです」


「貴女って、……その、あれね」


「? あれとは?」


「……結界術の使い方が、変わっているわね」


「……!?」


 お嬢様の言葉に、僕は激しい衝撃を受けたのでした。

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