第011話・晴天の霹靂な事実
「えっ、僕の結界術の使い方って、変わってるんですか……?」
まさか、そんなバカな。
これでも僕は、この森での生活を通して結界術の練度を精一杯高めてきたのですよ?
そんじょそこらの(といっても、どれくらいいるのかは知りませんが)結界術の使い手よりは、きちんと使えていると思うのですけれども……。
「そもそも貴女って、結界術がどういうスキルなのか理解してるの?」
「それはもちろんですよ。結界術は、結界壁を張って身を守るスキルです」
ちょっと応用して攻撃とか捕獲とかその他諸々にも使っていますが、基本は身を守るためのスキルです。
そのことは、僕は十分理解しています。
しかし、ハローチェお嬢様は「それだけじゃないわ」と言います。
「結界っていうのは、結界壁によって中と外を区切ることと、その
「…………っ!!?」
「結界術は、覚えようと思えばわりと誰でも習得可能な汎用スキルのひとつだし、なんなら私も使えるけど……、普通は自分の持つ先天スキルとか得意なスキルの効果を付与したり、独効契約の場にしたりして、
「…………」
僕は、言葉を失ったまま、お嬢様の話を聞き続けました。
「結界の形や大きさ、強度なんかももちろん大切な要素だけど、まさか貴女みたいにそこだけに振り切って極めてしまった人間がいるなんて、思いもしなかったわ。おかげで私の知る結界術とはまるで別物。正直言って、貴女のスキルが結界術だなんて信じられないくらいよ」
お嬢様の言葉を聞きながら、僕は「確かに……」と思い至ります。
そういえば、前世で流行っていた漫画でも、結界術というのはあくまでも副次的な技能で、本命の能力を発展させた先にある異能の極地みたいな扱いでした。
繰り出せば必中必殺の奥義である、という設定もあり、近所の小学生たちが公園で掌印を結んで遊んでいたのを見た記憶があります。
なんということでしょう。
僕は激しいショックを受けました。
つまり、お嬢様の言葉を受け入れるなら。
「僕はまだまだ、結界術の真髄にたどり着いてなどいなかったのですね……」
この三年間、ひたすらに結界術を使い続けてきたという自負がありました。
そして大抵のことなら結界術の応用でできるようになっていたことで、知らず知らずのうちに僕は天狗になっていたようです。
女神様から直々にいただいた結界術が、そんな簡単に真髄にたどり着けるようなものであるはずがないというのに。
うう、僕は井の中の蛙だったのですね。ゲコゲコ……。
そんな僕に、お嬢様がなんだか慌てたような表情を浮かべました。
「ちょっと待ちなさい、私は貴女の結界術の使い方が普通とは変わっていると言っただけで、なってないとかダメだとか言うつもりはないわよ。むしろ結界壁を張るという行為だけでそこまで練度を高められたのだから、そこに本来の使い方が加わればもっと凄いことになると思うわ! だからそんな泣きそうな顔をするのはやめなさい!」
しくしく。
お嬢様の慰めの言葉が、今はただ胸に突き刺さります……。
「ああもう泣かないの! ほら、貴女は私の従者になったのだから、もっとしゃんとしなさいな! 私も多少は結界術の心得はあるからまた今度色々教えてあげるから! お願いだからそんなボロボロ涙を流して泣くのはやめなさい私が悪いことしたみたいじゃないの!?」
ほんとですか?
お嬢様が僕に結界術を教えてくれるんですか?
そんなお手間を取らせてしまって……。
たかだか従者である僕なんかのために……。
本当に、よろしいのですか?
「ええ! この私に任せなさいな! 私の手にかかれば貴女に結界術のイロハを叩き込むなんてちょちょいのちょいなんだから! だからほら、顔を拭きなさい。背筋も伸ばして、ぴしっと!」
言われたとおりに僕は、顔をゴシゴシと拭いて気をつけの姿勢になります。
精一杯真面目な顔をして、お嬢様を見つめます。
するとお嬢様は、ニッコリ笑ってくれました。
「よろしい! それなら今日は特別よ、貴女に私とテーブルを共にする栄誉をあげるわ! 貴女の分も皿と食器を持ってきなさい!」
「はい!」
僕はいそいそとお鍋の具と汁を自分のお皿に盛り、お嬢様の対面に椅子を出して腰掛けました。
そして二人でそれぞれの食前の祈りを捧げた後、お昼ご飯を食べ始めました。
もぐもぐ……。もぐもぐ……。
うう、お嬢様の優しさが身にしみて、いつもよりご飯が美味しく感じます。
ああ、他人に優しくされたことなんて、何年振りのことでしょうか。
というか、ずっとこの森でひとりで暮らしてきている中で、気にしないようにしてきたのですが。
やっぱり、ご飯はひとりで食べるより誰かと食べるほうが美味しいんですね。
このナナシ、ひとつ賢くなりました。
「あら、こんな森の中で用意されたものだというのに、なかなか美味しいじゃない!」
お嬢様も何口か食べてから、そのように褒めてくれます。
「えへへ、お口に合ったようでよかったです」
「いや、本当に美味しいわね、これ。特にこの肉、今まで食べたどの肉よりも芳醇で濃厚な旨味があるわ。これはいったい何の肉なの?」
お嬢様の質問に、僕はニコニコ笑顔で答えます。
「これはプテラ君のお肉ですよ」
「プテラクン? 変わった名前の生き物ね?」
「ほら、お嬢様を襲っていたあの大きな生き物ですよ。僕はあれをプテラ君と呼んでいて、たまに狩って食べているんです。煮込んでも美味しいですけど、岩塩と香草を使ってじっくり焼き上げたステーキも美味しいですよ」
お嬢様のスプーンが、ぴたりと止まりました。
「今なんて?」
「あ、ステーキも食べたいですか? それならすぐにご用意しますね」
僕は家の裏に置いていた残りのプテラ君を持ち出してくると、お嬢様の目の前で一番美味しいところのお肉を切り分け、焼き始めました。
本当なら、一番美味しいところは女神様へのお供えにするのですが、今日は特別な日なのでお供えは半分だけにして、もう半分はそのままお嬢様にお出ししようかと思います。
お嬢様、これを食べたらきっとあまりの美味しさに涙を流して喜んでくれるかもしれません。
えへへ、しっかり丁寧に焼かなきゃですね!
ジュウジュウとプテラ君肉を焼いている僕の背後から、
「首がない……、どころか、こんな簡単に切り刻んでる……。え、まさかこの子、この生き物を簡単に倒せるということ……? え、ほんとに……? 私やキングスカイクロウでは手も足も出なかったのに……?」
お嬢様の呟く声が聞こえていたような気もしますが、ステーキの焼き上げに集中していた僕は、その言葉を右から左に聞き流していたので、何を言っていたのかはまったく理解できませんでした。
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