第005話・続、結界術を知る日々


 最近の大きな変化として、僕もとうとう服を着るようになりました。


 といっても、葉っぱをパンツにしたりとか、毛皮を使って原始人みたいな服にしたりとか、そういうことではないです。


 僕が着ている服は、結界の服です。


 ほんのり発光していて半透明ですが、きちんと服として着ることができています。

 服に合わせて帽子と手袋と靴も作ってありますよ。


 結界の服は、絹のようにサラサラとした肌触りと、まったく重量を感じさせない軽さが売りです。


 伸縮性も抜群で動き回っても邪魔になりません。


 そもそも結界なので超頑丈で、そう簡単には破れませんし受けた衝撃を吸収してくれる機能もあります。


 ずっと着ていても汚れるということはまずありませんし、それでも気になるときは一度結界を解除して再作成すれば新品にできます。


 服としては破格の性能と言ってよいでしょう。


 透けているので目を凝らすと全部丸見えであるという点に目をつむりさえすれば、ですけどもね。


 この結界の服ですが、誕生のきっかけは「結界壁でトランポリンを作ったら暇潰しに遊べるんじゃないか」という思い付きでした。


 元々形を変えたり大きさを変えたりできていたので、それだったら結界壁自体の柔軟性というか、材質的なものを変えられるのではないかと考えたわけです。


 それで、ゴムシート状のしなる結界壁を作ってボヨンボヨンとひとりで遊んでいたところ、「ゴムができるなら布もいけるのでは?」と思い立ち、結界服の作成に至ったのでした。


 また、今までにも、結界の形状を変化させて包丁やコップなどの手持ち品を作ったこともありましたし、「モノとしてそこにあるだけの結界壁」いうものは簡単に作れるようになっていました。


 いちいち意識して結界を動かさなくても、単なる衣服として身につけて動き回ることができるのです。


 衣食住のうち、住は結界で拠点を作っていましたし、食はそのへんの生き物を狩りまくって食べているのでわりと充実していましたが、衣だけはそれに関する知識や技術がないためまったく手付かずのままでした。


 それが一気に発展し、僕はついに森の中で文明人らしい生活を行えるようになったのでした。


 これでもうフルチンで過ごす必要もありません。


 しかしながら、そのことに一抹の寂しさを感じてしまうのは、持てる者の贅沢な悩みなのでしょうね。


 さてさて。遊んでばかりではいられません。


 日々の生活で足りないものは毎日のようにでてきます。

 完全自給自足生活を維持するために、今日も僕は労働に勤しむのです。


 僕は今、拠点前広場の端っこに生えてる巨木を前にして合掌をしています。


「結界作成・丸ノコ」


 作り出すのは薄い円盤状の結界壁です。円盤の円周にはギザギザを付けており、これを高速回転させながら巨木の根元付近に押し当てていきます。


 チュイーン……、ギョリギョリギョリギョリギョリ!!


 結界壁製の丸ノコによってあっという間に巨木が切断できました。


 巨木の幹にはドーナツ状の結界壁が一定間隔ではめ込まれていますので、勝手に倒れることもなく安全です。


 僕はゆっくりと切り倒した巨木を地面に寝かせ、さらに丸ノコを使って材木として使える形に切り分けていきます。


 そういえば、こういう丸ノコみたいにその場で回転運動をさせるときはそれなりの回転速度を出すことができるんですけど、結界の位置を移動させるときは、なんかあんまり早く動かせないんですよね。


 結界を変化させたり移動させたりの速度というのは、結界の大きさとか複雑さとかによって移動速度に制限がかかっているんですかね?


 なんというか、処理落ちしてるみたいな遅さというか、水の中で動かしてるみたいというか……。


 矢の形にした結界壁とか弾丸の形にした結界壁とかを高速で打ち出せたらかなりの武器になると思ったんですけど、なかなか射出速度が実用的なレベルにならないんですよ。


 これも結界術の練度を上げたら解消されるんでしょうか?


 お陰でカベコプター(結界ごと空中移動するやつのことです)の速度は平均時速三十キロメートル程度で収まっています。


 原付ぐらいですね。


 頑張れば、短時間なら時速五十キロメートルぐらいは出せるんですけど、魔力消費はともかく頭がこんがらがってくるので長い時間は飛べません。


 というか僕、今まで結界術を使ってて魔力が足りなくて困ったということは一度もないんですよね。


 どれだけ大量の結界を出して維持してても、消費される魔力量は自然回復で賄える程度に収まっているみたいで、この結界術というのはよほど魔力消費のコスパが良いスキルなのでしょう。


 さすが女神様が授けてくれただけのことはあります。


 僕は常にこの結界術によって生かされているのです。


 あ、そんなことを考えていたら木を切り分け終わりました。


 十五センチ×十五センチ×三十センチの木製ブロックが大量にできています。


 よし、これで今日もチャレンジできますね。


 僕は木製ブロックをいくつか抱えて拠点に戻り、ナイフやノミや彫刻刀の形にした結界壁をずらりと用意して並べます。


 そしてひとつのブロックを手に取ると。


「むむむ……。見えた!」


 真四角いブロックに刃物をざくりと突き立て、ゴリゴリと削り出していきます。ゴリゴリ、ゴリゴリと形を整えます。


 やがて日が暮れたころに出来上がったものは、僕が脳内に思い浮かべた女神様をモデルに作り上げた、女神様の胸像です。


 日夜女神様への信仰心をどのようにして発散させればいいか考えていたのですが、このあふれる気持ちを形にするのが一番だということに気づきまして。


 しばらく前から毎日のように女神様像を作っているのですよ。


 今回はかなりの自信作で、アゴのラインとかは完璧に再現できてると自負します。


 僕は胸像の完成度にウキウキしながら神棚に置いてある胸像を新しいものに入れ替え、夕方の礼拝をしたあと晩ご飯を食べて眠りにつきました。


 そして翌朝。

 目を覚まして朝の礼拝をするために神棚の前に行ったのですが。


「……やっぱりちょっと違いますね」


 昨日の晩は完璧に思えた女神様の胸像は、一晩明けて冷静な目で見てみるとやはり粗が目立ちます。


 まだまだ顔全体のバランスはお世辞にも良いとは言えませんし、なんだか笑顔もぎこちないです。


 女神様の美しさを現すには、この胸像ではまったくの役者不足です。


 仕方がありません。木製ブロックはまだたくさんありますし、今日も新しい胸像の作成にチャレンジです。


 昨日置き換えた古い胸像を砕いてお焚き上げした火で朝ご飯を用意し、完食してから新しい胸像作りに挑むのでした。






 ◇◇◇


 そして、僕が森に来てから、かれこれ一年ぐらいがたったのでした。

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