第004話・結界術を知る日々


 三か月もたつと、だいぶこの森での生活にも慣れてきました。


 食べ物や飲み水には困らなくなりましたし、拠点となるところもできました。


 今僕が拠点としているのは、幹が半ばからへし折れた巨木の根の下の部分です。


 木が生えているのは盛り上がった丘の上で、根の下には大きな岩がいくつも抱え込まれています。


 そして岩の間の土が長い年月で少しずつ雨水に押し流されたのか、岩の隙間の部分にちょうどいい広さの空間がありました。


 僕はこの空間に合ったサイズの結界を張って居住区を確保したほか、食糧保存所や貯水タンクなどを作ったり、結界内部をさらに結界壁で区切って小部屋を作ったりしました。


 また、拠点出入口前は少し開けた土地になっていて、ゴミ捨て場として穴を掘ったときに出た土をまいた後、結界壁を上から押しつけて地面を平らにプレスしました。


 コンクリで塗った地面のように平らなので、森のほかのところより歩きやすくなっています。


 それと、広場周りの木は順番に切り倒して薪などにしているので広場自体も少しずつ広がっています。


 いずれは野球場ぐらいの広さになるかれませんね。

 ひとりではキャッチボールもできませんが。


 結界術のほうも、練度が上がってきて色々とできることも増えてきました。


 いくつもの結界を同時に作成したり、大量の結界を作成したまま維持したりということができるようになってきました。


 また、可変属性により結界の形を変えたり動かしたりすることができるようになったことで、思っていたよりも色々なことが結界術によってできることが分かってきました。


 この結界術というのが、めちゃくちゃ頑丈な光の壁を作り出すことができるうえ、その光の壁をとても強い力で押して動かせるのですが。


 要するにそれは、強力な念動力を使えるのと同義であることに、僕は気づいたのです。


 例えば、僕を包む形に作成した結界を上に向かって動かすと、それは僕自身も上に動く、つまり宙に浮くことが可能ということですし、宙に浮いたあと今度は水平方向に動かせば、僕は自由自在に空中を移動できるということなのです。


 これは、今まで一生懸命てくてく歩いていたのがバカらしくなるぐらい革新的なことでした。


 僕は、頭にプロペラをつけなくても空を自由に飛べるのです。カベコプターです。


 それに、拠点の出入口前の広場を踏み固めたように、大きくて平らな板状にした結界壁で地面をぎゅっと押せば、ロードローラーを使ったみたいに固くて平らな地面を作ることができます。


 これを応用すれば、色々なものを万力で挟んだみたいに押し潰すこともできるのです。


 どんな硬い奴でもイチコロですね。


 ただまぁ、そのやり方で生き物を仕留めると、後に残るのはぐちゃぐちゃにひき潰された血肉のシェイクになってしまい、食べる部分がほとんど残らなくなってしまうのですが。


 せっかくなら美味しく食べたいので、今は色々と工夫しています。


 さて、そんな僕ですが。


 今は一辺が二メートルの立方体状の結界の中に座り込み、空中をふよふよと移動しているところです。


 特に目的地があるわけではありませんが、目的ならあります。


 しばらくふよふよと飛んでいると、大きな木の影から大きな影が出てきました。


 ギュゥロロロロロロロロ……。


 なんとも大きな、灰色のウロコを持ったヘビが現れました。


 その大きな口は、僕を一飲みにできそうなくらい巨大です。


 赤い下がチロチロと動き、無機質な目が僕を見つめています。


 地上十メートルぐらいを飛んでいた僕と同じ目の高さまで、地面から伸ばした首の高さだけで並んでしまっています。


 いやー、大きい。


 これは、です。


 僕は、僕を食べようとして立方体にかじりついてきたヘビの首周りに、ドーナツ型の結界を張りました。


 そしてドーナツの円周をぎゅぎゅーっと小さくしていくと、ヘビの首に結界が食い込み、ギリギリと締め上げていきます。


 その危険さにようやく気づいた蛇でしたが、時すでに遅し。


 そのままさらにドーナツを縮めていくと、やがてそこらへんの木の幹より太い蛇の首がぶちりと千切れ、力を失った頭部がごとりと地面に落ちました。


 胴体側の切断面からは大量の血がぴゅーぴゅーと吹き出し、僕はさらにいくつものドーナツ状の結界を作って蛇の胴体に等間隔にはめ、それらを動かして蛇の胴体を宙に持ち上げました。


 おそらく、重量にして十数トンとかになりそうな蛇ですが、僕の結界術なら余裕で運べます。


 この蛇は空中で逆さまにして血を抜きながら拠点まで持って帰ると、ドーナツをはめた部分で輪切りにして、それぞれ円柱形の結界で包みました。


 僕の結界には消毒、殺菌、腐敗の抑制といった効果もあるらしく、結界で包んだ物は長期保存ができるようになります。


 なので、倒した獲物は結界で包んで食糧保存所に置いているのです。


 これで、しばらくは蛇肉に困ることはないでしょう。


 毎日の食生活にまた一つ選択肢が増え、満足した僕は夕方の礼拝を行ってから拠点内で眠りにつきました。


 翌朝僕は、昨日仕留めた大蛇の肉を切り分けて朝食に使ってみることにしました。


 集めた枯れ枝や落ち葉を積み上げ、よく乾かした木に棒状の結界を押し当てて、高速回転させます。


 すると摩擦熱で火種ができ、それが枯れ枝や落ち葉に広がったところでさらに薪をくべます。


 そうやって火をおこしている横で、僕は刃物状に形成した結界(光る包丁みたいになってます)を使って蛇の肉を切り分けていき、美味しそうなところをまな板状の結界の上に並べました。


 並べた蛇肉に「有毒、有害、不味い部分を遮断」する機能をつけた結界壁を透過させて安全チェックスキャンした後は、火の上に金網状に結界を作り、その上に蛇肉を乗せて焼いてみました。


 蛇肉の隣には鍋状に作った結界にお水を入れてお湯を沸かし、別の日に摘んでおいた山菜みたいな葉っぱや茹でるとホクホクする木の実、ダシが出るキノコなどを入れてスープを作ります。


 はい、今日の朝ごはんは蛇肉のこんがりステーキと山菜スープです。


 蛇肉にはハーブっぽい草と砕いた岩塩をふりかけてみました。


 食べてみます。うん、お肉です。


 蛇肉ですが全然いけます。


 ティラノサウルスみたいな爬虫類も美味しかったですが、この大蛇も悪くないですね。


 パクパクもぐもぐ、ごくごくごっくん。


 蛇肉ステーキとスープを完食した僕は、今日も一日がんばるぞと気合を入れて、朝の礼拝をすることにしました。


 拠点内の一番奥に作った神棚に向かって手を合わせ、一心不乱に祈ります。


「女神様、女神様。今日も一日がんばります。どうか僕を見守っていてください」


 毎日のルーティーンとして朝夕の礼拝を始めてから、不思議と心が強くなったような気がします。






 ◇◇◇


 僕が森に来てそろそろ半年ぐらいがたちました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る