第3章 尾翼の塔
尾翼の塔は第八地区の西南、カイホードームから少し歩いたところにある。
ここはドームよりもさらに観光地然としている。尾翼の塔も周りを囲われ、立派な名所扱いだ。
校外学習と思しき子供たちが正面に陣取っている。ローレンス氏は邪魔にならないよう、脇からそっと塔を見つめた。
それはまぎれもなく、巨大な航空機の船尾だった。赤茶色の機体は真っ二つに折れたのだろう。胴の辺りはぐしゃぐしゃになって地面に沈み込み、そこから尾翼が真っ直ぐ天を指している。
倒壊を防ぐためか、何本もの支柱が添えられていた。
教師らしい男が、戦争について解説している。
それを遮るようにして、一人の少年が言う。
「先生、あのさ、兵隊さんたちはヒーローみたく変身して戦ったんだろ?」
周りがそれを冷やかす。
「変身って、テレビの見過ぎだよ、ナーくん」
ナーくんと呼ばれた少年はそれでも持論を曲げない。
「だって、オレのじいちゃんが言ってたんだもん」
わいわいと湧く子どもたちを、教師が止めた。
「あのなあ、変身ってのは都市伝説だ。実際には、最先端のスーツを身に着けて戦地に行ったわけで、その見た目が変身ヒーローみたいだって話題になっただけ。それに、人間はほとんど戦ってないんだぞ。その証拠がこれだ」
教師は尾翼の塔を指し示した。
「無人戦闘機。高度なAI技術で、人間が操縦する時代は終わった。だからこそあの大戦では、兵隊さんの犠牲は最小限にして、我々は勝利を収めることができたわけだ」
誇らしげに笑う顔が、日差しで赤く染まっている。
ローレンス氏は、その場をそっと離れる。
あれでは、戦争賛美と変わらない。この国は、間違った方向へと進んでいるらしい。
その教師の台詞をまきじゃくが聞いたら激怒しただろう。もしかしたら、その辺のポールを一、二本蹴り倒したかもしれない。
すぐ怒り、すぐ物に当たる。まきじゃくははたから見ればどうしようもないやつだった。しかし、酒の勢いで夢を語るとき、彼は教職者と口にした。
「俺はもともと裕福な家に生まれたんだよ。でも俺、こんなふうだろ? 落ち着きがなくてかんしゃくもち。三歳の頃、親に捨てられたね。それからずーっとスラムで育った」
その頃、すでに小規模の空襲が起こり始めていた。ある日、いわゆる青空教室に興味本位で顔を出した彼は、そこで教鞭をとっていた牧師と出会う。
「偉い先生だった。俺は問題を解けないと、すぐにわめいて暴れる。でも見捨てずに、真正面から向き合ってくれたんだ。厳しい人で、特に人への暴力は許さなかった」
酒を呑むと、まきじゃくは毎回その話をした。そして毎回、おいおいと泣いた。
「忘れられないことがある。ある日、俺がいつものようにキレちゃったんだ。数があるわけでもない貴重な机を蹴倒して、椅子を叩き割った。その後、先生は俺を隅に連れ出して、『人に手を出さなくて偉かった。よく頑張った』って言ったんだよ」
どれだけ粗暴な振る舞いをしても、まきじゃくが人に危害を加えないのにはそんな経緯があるらしかった。
あの人みたいな先生になりたい、彼は怪しい呂律で何度もそう口にした。
そんなまきじゃくも、もういない。
「犠牲は最小限」と、尾翼の塔にいた教師は言った。
大きな誤りが二つある。
あまりに多くの人間が犠牲になったのだ。表向きには伝えられていない情報だ。なぜなら、命を落としたのはニッパやまきじゃくのような戸籍をもたない人間たちだから。
そして、もとより人の命は数ではないのだ。かけがえのない何かが永遠に失われた。そのことを誰も分かっていない。
上司のレンチを思い出す。
彼も、仲間を失ったことで心が壊れてしまった一人だ。
無残に散っていくともがら。そして、彼らの命は初めからなかったことにされる。遺したものは燃やされ、あらゆる痕跡が抹消される。
レンチがロボットみたいになってしまったのにはそういう理由がある、と聞いた。
ローレンス氏は歩き続ける。
記録を残すのだ。
だから記録を残すのだ。
それが彼らの生きた証になるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。