第2話 時は5月初旬。文化祭準備の始まりです。

 時の流れというものは速いもので、入学してから早くも一か月が経った。

 いや、毎日が充実している人にとってはそれほど早いものではなく、面白みも何もない日々を謳歌している僕だからこそ、ここまで早く感じたのかもしれない。


 僕らの属する県立 五十上高校は六月の末ごろに紫陽祭しようさいが行われる。

 まぁ、一般的に言う文化祭である。


 そして今日はその文化祭に向けた準備、その初日である。

 初日…その日に行われることと言ったら、僕の主観では基本何処でもこれなのではないだろうか。

 そう、実行委員決めである。

 入学式の翌日に天使さんに決まった委員長と、クラスでも中心人物であるイケメン男子君に決まった副委員長とは別に決められる紫陽祭実行委員は、各クラス男女1名ずつ、委員長・副委員長以外の人物が務める。

 その職務は多岐にわたり、生徒会と連携しつつ、文化祭準備の進行のリーダーや、文化祭本番の裏方仕事や警備、会議への出席に、その情報のクラスへの伝達、地域へのポスター掲載や宣伝などを行うのだ。

 簡単に言うと、文化祭の成功のために奔走するお仕事といったところか。

 この学校は、このあたりの学校の中では進学校と言われるぐらいの偏差値があり、自由な校風が魅力の結構人気な学校である。

 人気であるので、文化祭には毎年多くの人が訪れる。

 また、自由を売りにしているのもあって、先生方は基本的に静観し、大きな問題が起こったときにのみ動くので、毎年、実行委員は準備期間から当日までほとんど休めないと言われるほど過酷なのだそうだ。

 まぁ、このあたりの話は色んな人の世間話を盗み聞きした結果なので本当かどうかは怪しいところがあるが…。


 1週間に二回だけある7時間目。

 この時は基本的に授業らしい授業はせずに、クラス活動や自習時間となっている。

 今はその7時間目。今日のこの時間は実行委員決めのお時間である。


「もう聞いていると思うけど今日のこの時間は紫陽祭実行委員決めをするぞ。紫陽祭準備の先導から、当日の裏方仕事まで、仕事は多岐に亘るし、忙しくて、過酷だけど、その分、成功した時の達成感はひとしおだろうなぁ。」


 冨士華先生の女性の中では低い方の…アルト音域の声が教室中に響き渡る。


「やはりこういうのはやりたい人が基本的にやるべきだろう。天使さんと坂本君以外の人の中で、立候補してくれる人はいないか?居たら手を挙げてくれ。」


 そうは言っても、ぼっちの僕ですら実行委員の過酷さの噂を知っていたのだ。

 僕よりも圧倒的に交友関係が広いであろうクラスメイト達がこの噂を知らないわけがない。

 それに先生すらも過酷と言っていたのだ。

 あれでは、噂かもしれないと思っていた人にも確証を持たすことになっただろう。

 そんな中でやりたいと立候補する人はなかなかいないだろう。


 そんな僕の予感が的中したのか、手を挙げるものは一人もおらず、教室もシンと静まり返っていた。


「はぁ…。やっぱりいないか。分かった。くじ引きで決定しよおう。」


 そう言って教卓の下から『男子』『女子』と書かれた二つの箱を取り出した。


「じゃあ、まずは男子から引いていくぞ」


 そう言って冨士華先生は『男子』と書かれた箱の中に手を入れ、ガサゴソと手を動かす。


 結局こうなったか。

 立候補する人が居なければこうなることは目に見えていたことだ。

 見えていたことだが、憂鬱だ。

 前も言っただろうが、何の面白みもない僕だが、悪運だけは強いのだ。

 だからこういうので選ばれるのはやっぱり…


「男子は………黒川にお願いしようか。」


 僕なのである。

 何なんだろうな~。この悪運の強さというか引きの強さというか…。

 先祖が悪い事でもして呪われてんのか…?

 そんなしょうもないことを考えながら、先生の言葉に対して頷く。

 まぁ、別に帰宅部だし、家にいてもすることなくて暇だしやることに関しては構わないのだが…。

 ただ、面倒くさいだけで。

 こう見えてというか、見た目どうりというか僕は結構ものぐさな性格なのだ。


 だが、女子の委員決めの瞬間に事件が起きた。

 まぁ、当事者というか被害者である僕からすれば特に興味もないので、事件という程の事でも無い気がするのだが…。


 うちのクラスにはというかにもというか、女子の中に派閥のようなものが存在する。

 派閥の中でクラスの最も中心的な役割を果たしているのが、天使さんと朝海さんを中心とした派閥なのだが、今回は二番目の派閥。今迄の小・中学校ではスクールカーストの頂点にいたのであろう、茶髪のギャルっぽい感じの天使さんや朝海さん程ではないが、十分に整っている顔の女子が中心の派閥だった。


 …こう上から顔が整っているだの言っているとキレられそうだな…。

 自分は何様なんだ?って…


 閑話休題話を戻そう


 その茶髪ギャルがくじ引きの前に騒ぎ出したのだ。


「男子の実行委員あの根暗ボッチくんかよwww!こんなの女子の実行委員の人、可哀そ〜www。だって休み時間とかずっと独りでスマホで音楽聞いてんだぜwwwあり得なくねwww?絶対コミュ障拗らせてるよね〜www。あんなんじゃ会議とか出れなさそ〜www。クラスの前に出て伝達?とか説明?とか言うのも出来なそうじゃない?何なら女子と二人で実行委員とか無理そ〜www。そうなったら女子の実行委員の人、通常の実行委員の仕事にプラスして根暗ボッチくんの仕事もやることになるから実質2倍なのにそこに根暗ボッチ君のお守りもあるから実質3倍じゃ〜んwww!私ならそんな仕事絶対やりたくないわ〜www。」


 そんな言葉を投げかけたのだ。

 言葉の節々から僕への侮辱と嘲笑が見受けられる。

 節々でもなく、堂々と嘲ってるか…


 誰に言うでもなく ―― 恐らく、僕とくじ引きしようとしている先生。そして目の敵にしているあの人に向かって言ったのだろうが ―― 投げられたその言葉は特に僕は何も感じなかった。

 言っていることは結構的を射ているし、そんな言葉にキレるほど元気でもない。


 あぁ、因みになこと言うと、この学校は自由な校風を売りにしてるから、髪色とかは地毛なら何でもOK。染めてても色が暗めであれば基本OKらしく、茶髪ギャルの髪は全然大丈夫なのだ。

 あと、この学校の校則では、授業中のスマートフォンの使用は禁止されてるが、休み時間や放課後、部活動時などの、授業時間以外は使ってもいいのだ。だから、僕は殆どの休み時間を自前のイヤホンを耳に入れて、スマホにダウンロードしている音楽を聴くのに費やしているのだ。

 部則によって、スマホを使えないところもあるらしいけど…。

 あぁ、また話が逸れたね…。


 茶髪ギャルの一言にその派閥の人が同調する。

 そして茶髪ギャルとその一派は


「そんなんなるなら、くじ引きで決まるの嫌なんですけど〜」


 と言い出して、クラスの皆オーディエンスを煽りだす。

 そして、その一言を聞いた瞬間に、天使さん派閥と茶髪ギャル派閥のその両方に属さない女子達が、その言葉に同調し始めた。

 あれでは茶髪ギャルさんの思惑道理だろうに…。


 あぁ、因みに僕はクラスの女子の大半に同調侮辱されても無関心を貫いている。

 だって言っていることは結構的を射ているし、以下略。


 だが、もうこれは収集がつかない。

 女子の4分の3以上がくじ引きに反対し、天使さん派閥の女子も大半は動揺を隠しきれずに、天使さんや朝海さんの顔色をうかがい、侮辱された当の本人は無関心を貫き、先生や男子生徒諸君は一ヶ月まぁまぁ仲良くやってたはずが、実行委員決めでこうも荒れるのかという驚愕と、クラスのカオスな状態に動揺し、硬直している。


 さて、こんな中にいて、茶髪ギャルが目の敵にしてるあの人は…っと…

 凄いな…こんなクラスの現状に居ても顔色一つ変えずに…いや…今、ドンドン紅潮してきている…あ、キレた。

 明朗快活で誰にでも優しく、社交的な彼女だが、そんな正確だからこそ人一倍、責任感と正義感が強いのだろう。

 僕は全く気にしなかった茶髪ギャルの僕への侮辱と嘲笑の混じった言葉とそれに対するクラスの女子の大半の同調を彼女は気にしてしまった。彼女は堪えきれなかった。そして彼女はクラス全員の前でそれにキレるだけの元気と、それにクラス全員の前でキレられるだけの行動力があった。


 キレていてもその所作はすごく美しかった。

 椅子から腰を上げ、立ち、机に手を着く…その瞬間。


 ダァァァン!!!!


 クラスの空気が凍りついた瞬間だった。

 机が壊れるかと思うほどの轟音と衝撃。

 クラス全員、寿命が3年ほど縮んだだろうか?

 全員ビックリして、その視線を天使さんへと集中させる。

 その視線の先には、怒りによる興奮のためか、頬を紅潮させて、息を荒くし、クラス全員に睨みつけるような視線を返す天使さんが…。

 そんな今迄見たことないような天使さんの怒り様にクラスの全員が硬直する。


 …背後に般若でも見えたのだろうか…。


 僕は何故かその時、

 あの華奢な天使さんにあんな音を出すほどの筋力が何処にあるんだろう?

 と一人、全く関係ないことを考えていた。



 当事者なのに…。


 何なら被害者なのに…。







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