クラスの負けヒロインは僕の友達のようです
シンエイ
第1話 黒川凪・高校一年生。
4月8日。県立
今日、僕、
体育館に着席し、順番に登壇する先生や生徒会長の話を聞き、入学式は終わる。
何の変哲もない。入学式だ。
退場の際には、保護者席の真ん中に用意された通路を通り、体育館の最も大きい出入り口から退場するのだ。
その時に、一度周りを見回してみてもやはり母はいない。
息子の数少ない晴れ舞台なのに…と思わないでもないが、やっぱりか…という感情が勝ってしまった。
母は僕にあまり興味がないから。
あぁ、この話はここでは関係がないね、忘れてくれ。
入学式が終わると、クラスごとに分かれて簡単なオリエンテーションを行うらしい。
オリエンテーションといっても、校則の説明や部活動の説明、授業の説明や年中行事の流れの説明を聞いて、最後の最後に、
自己紹介が嫌いだ。
これは僕の価値観なので異論も反論も認めるけど。
自己紹介というのは一種の判断基準の材料だ。
人間関係を構築する上で人間はその人との馬の合い方を考えることが多い。
趣味が合う、好きな物が合う、得意な物が合う、考え方が似ている etc…
また、初見時の見た目もものをいうことがある。
容姿が好み、服装が好み、髪型が好み、賢そう、金持ってそう etc…
この二つが大きな要因となるのは、人間関係というものが打算という、薄氷の上にあるからだろう。
馬が合えば、その人同士は仲良くなりやすく、協力しやすい。
見た目が好みであれば、お近づきになることで恋人関係になることもあるかもしれない。
また、能力が外見に表れて見えれば仲良くなって、その能力を利用することもできるかもしれない。
そういった打算というものが人間関係には絶対に内包されているのだ。
僕の両親が………いや、特に母がそうであったように。
僕には面白みというものがない。
好きな食べ物もないし、好きなスポーツもない。
好きな物といえば誰しも一度は楽しむであろう音楽だけ。
馬が合うというのは、大衆の中で一部の人の趣味嗜好が合うことを指すのだ。
つまり、
話がそれたね。
まるで、墨を吸わせた半紙のように漆黒の髪は長く、前髪は両目を隠すように目にかかっている。
猫背ではないが、姿勢もとても良いわけではない。
かといって身長が高いというわけでもなく、むしろ、平均より少しだけ小さいぐらいだろうか。
所謂陰キャや根暗という言葉が当てはまるような感じだろうな。
まぁ、こう一人、心の中で愚痴ろうと、僕が自己紹介が嫌いであろうと、時というものは残酷で、刻一刻とその時は近づいてくる。
自己紹介の形式は今、みんなが書いている自己紹介カードというものに名前、趣味、好きな食べ物、好きなスポーツ、特技を書き、先生が引いたくじの順番にそのカードの内容を見せながら、発表していくというものだった。
僕に特筆すべき才能や特徴はなくとも、悪運だけは強かった。
だからこういう企画があると大体初めは………
「じゃあ、初めの人は………黒川君お願いできるか?」
僕なのだ。
仕方ない。さっさと済ましてしまおう。
「
ふむ…。こんなものだろうか。
とても簡潔にまとめた自己紹介だったのではないだろうか。
その分面白みというのは全くなかったわけだが…。
「も、もう少しないのか…?ほ、ほら、どんなジャンルの曲が好きとか…。」
先生も簡潔すぎて戸惑ってらっしゃる。もちろん他の生徒たちも。
「特に好きなジャンルはないです。なんかいいなと思ったら聞くって感じなので。」
「そ、そう。わかった。ありがとう。………では次の人は………」
ほらこんなものなのだ。
面白みがなければ、打算的に付き合う価値が無いと判断されれば、無関心を貫かれる物なのだ。
これで僕の、今後1年間のクラス内での立場は決まっただろう。
人畜無害で面白みもない、根暗な陰キャ。
こんなところだろうか。
「………ありがとう。次は………天使さんにお願いしようか。」
「はい。」
教室の空気が変わったような気がした。僕以外のすべての人の固唾を飲む音が聞こえた気がした。
事実だったのかもしれないが。
凛とした、それでいてどこか幼さを残す、綺麗な声に。
サラサラのロングストレートの金髪に。
まるで
白く透き通るように美しい肌に。
その場所に在るのが正解だとでもいうような顔のパーツの配置に。
神に愛されているような、可愛らしい目鼻立ちに。
クラス中の視線が釘付けになったような感覚がした。
「
喋り方、間の開け方、呼吸、その他一挙手一投足に至るまでに、クラス中の視線が釘付けになった。
美しい容姿。明るく元気で朗らかな性格。スポーツもできそうだ。
打算という計算においてこれほど計算しやすい
彼女がこれからのこのクラスの人間関係において最も中心的な役割を、つまりクラスの中心となるであろうことは決まり切っていた。
というか、五十嵐中って、昔からこのあたりの中学校で1・2を争う中高一貫の進学校ではなかっただろうか…?
元々は女子校だったらしいのだが、少子化の影響で生徒数が少なくなり、ここ最近で共学になったらしい。
それでも、昔の名残というか伝統というかは抜けておらず、入学する人数比は男子と女子で1:9というほぼ女子校に近い状態だと聞いたことがある。
「ありがとう。天使さん、可愛いな。おっ、クラス中の男子はもうあなたにメロメロか。」
男子のほぼ全員が天使さんに見とれているのを見た先生が少し
「では次に………朝海さん、お願いするな。」
「はい」
また、クラス中が固唾を飲んだ。
透き通るような綺麗な声。
透き通るように綺麗で白い肌に。
ボーイッシュ気味だが、それでいて可愛さも共演させている髪型の
可愛さと美しさを共演させている整った顔立ちに。
はぁ、このクラスの中心がもう一人出来たか…。
「さっきの姫菜と一緒で五十嵐中出身の
「世話って何よ~!?世話って!!家事音痴の癖に!」
「家事音痴は関係ないでしょ!猪突猛進で厄介ごとに首を突っ込むというか自分から起こすというか、引っ張ってくるというかの姫菜のフォローを毎回してるの私なんだけど!?」
「ぐぬぬ………。」
「ぐうの音も出ないとはこの事ね。」
「『ぐぬぬ』は出たもん!」
「威張って言うことじゃない!」
「と、このように姫菜の保護者みたいなことしてるのでよろしくお願いします。」
そう言って朝海さんは深々とお辞儀をする。
またそれと時を同じくして、彼女の話にドッとクラス中から笑いが起きる。
「じゃあ、最後に私から。この1年7組の担任をすることになった。
最後にピースを横にして目に重ね、『キャピ』という効果音が聞こえてきそうなポーズをすると、クラス中からドドドっと笑いが起きた。
「危な~。朝海さんに笑い取られちゃったから、先生も笑い取らなきゃ先生としての尊厳なくなるかもとか思っちゃったわ。うけてよかった~。」
そう言って額の汗を拭う仕草をすると、また教室中からドドッと笑いが起きた。
この短時間で、それに自己紹介だけでここまで生徒の心をつかんでしまうとは、流石と言う他あるまい。
だが、そう思い、そこまでの才能があるのなら初めにやれよと思わないでもないが…。
いや、そうなると、あの自己紹介の後に僕は嫌だからこれで良かったのかもしれない。
僕にもこんなことができればと思うが、何の特徴もなく、根暗な印象を誘う見た目、それにユーモアの才能もないと来た。これではどうあがいたって、先生はおろか、クラスの人気者になるのも無理だろう。
そう思っていたところで、丁度この時間の終了を示すチャイムが鳴り響く。
「じゃあ今日はこれで終わり!クラスの委員長・副委員長は明日決めるからよろしくね~!じゃあ気を付けて帰るように。さようなら!」
そう冨士華先生が締めくくると、みんな思い思いの場所に行く。鞄を持って速攻で廊下に出て帰路に就く者、より良い人間関係を初日から築こうと仲良くなりたい人物の元に向かうもの、その場にいても後者のグループによって話しかけられるもの等…。
まぁもちろん僕は一番初めのグループなのだが…。
僕は、自転車を持って校門を駆けるものが多くいる中、皆が向かう駅の方とは逆方向にただ一人、歩いて帰路に就いた。
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