深夜に読んでほしい掌編

 箸で麺を持ち上げた瞬間、食欲をそそるチャーシューの香りがフワリと漂った。

「まずは麺から……」

 という意思が揺らいでしまう匂いが鼻孔をくすぐる。くすぐりまくる。無視できない肉と脂の香りを感じながら、濃いめの醤油スープが絡んだ細麺を勢いよくすすった。糖質、塩分、そして脂質。何かとカットされがちな三兄弟が、夏の暑さで疲弊した体にじんわりとみる。

 次は、麺を覆わんばかりの大きなチャーシューだ。豪快にかぶりつくと当たり前に美味い。もう匂いからしてわかってた。約束された勝利の味だ。チャーシューと麺を同時に口に放り込むと更に幸せになれる。世界の宝が頬に詰まっている。

 丼ぶりのへりにどっしりと構えている香ばしい焼き海苔は、スープに浸った部分がとろけている。そこをレンゲで掬い味わうのも良いが、パリパリの海苔で麺を包み食べるとこれがまた最高だ。

 彩りを添える万能ネギがまばらに散らされている一方で、みじん切りのタマネギは悠々とスープの海に沈んでいる。みじん切りにした生のタマネギをトッピングするご当地ラーメンがあると知ったときは衝撃的だったが、食べなれた今でも、その衝撃が新鮮に襲い掛かる。あっさりしつつも濃い味の醤油スープ、柔らかい細麺、そして少し辛味のあるタマネギのシャキシャキ食感。なんて素敵な組み合わせだろう。醤油ラーメンに生タマネギは至高。ご当地に納まらない、全国に広がるべき逸品だ。

 玉ねぎの隣には、一口では食べられないほど大ぶりなメンマがいくつも乗っている。脇役にされがちなメンマもこの大きさでは圧倒的な存在感を放つ。正直メンマは大好きだ。ザーサイと同じくらい好き。つまりティアワン。

 様々な具材とスープ、そして麺が絡み合い次々と口に運ばれていく。プラスチック製の真っ赤な箸が止まることはない。麺、チャーシュー、麺、ネギ、スープ、メンマ、麺。

 そして満を持して登場したのは満月のように輝く煮卵。スープに浸かっても溶けだすことはないが、口内でとろける煮卵だ。口の中いっぱいに濃厚な黄身の味が広がり、満たされる。頬の内を占領する幸せの味。このままでは多幸感が致死量に達してしまう。追加で煮卵トッピングしなくて助かった。ギリギリで命拾いした。

 そして――。

「今日だけは……、今日だけは堪忍してつかぁさい……!」

 と、心の中で懇願こんがんしながら飲み干すスープの、なんと美味しいことか! 塩分を控えたほうがいいとか健康によくないとか、そんなことは知ったこっちゃねえ。飲み干したいから飲み干すんだ。

 まっ白な器の底を眺めながら、ふーっと一息つく。気付けば、ひたいには玉のような汗が浮かんでいた。

 ごちそうさまでした!

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