8月

山間部の海

 海から数里離れた山間部にも大海原は広がる。

 低いけれど急峻きゅうしゅんな山々と、大地を削り蛇のように流れる川。その二つに挟まれた僅かばかりの土地を耕し、人々は暮らしている。

 田植えを数か月前に終えた水田では、青々とした稲が一分いちぶの隙間もないほどに生え揃う。夏空に手を伸ばすようにスラリと伸びている。それがにわかに吹いた風によって一斉に波打つ。白みがかった若い穂が、砕ける波のように揺らめく。翡翠ひすいの海だ。

 川沿いに敷き詰められたうしお、あるいは谷地に所狭しと詰め込まれたさざなみ。限られた土地を最大限に活用してるが本物と比べたらあまりにも小さいだろう。しかし、その場に立てば理解できる。大地に立つ矮小な人間の目には、広大な、緑の海原が映る。

 ザァッと風が通るとまた波が来る。その水面を燕が勢いよく突っ切り、憎たらしいほどに晴れた空へ吸い込まれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る