ののさん

 教師になって数年経った頃、県内でもかなり奥地の学校へ赴任することになった。古い習慣や言葉が残るのどかな集落。そこにある木造の校舎が今の私の職場だ。


 ここで一つ、印象深かった話をしよう。

 ののさん、のの爺さん、のの婆さん、この集落にはそう呼ばれる高齢者が多い。そして私は、皆「のの」という名前なのだと勘違いして、子どもたちに笑われてしまった。実は方言なのだそうだ。曾祖父母のことをそう呼ぶらしい。語源を調べたら、元々は仏様や御先祖様を指す言葉だった。


「おはようございます。今日も精が出ますね」

 通勤中に、畑仕事をしているお婆さんを見かけたので挨拶をした。レトロなを履きこなし、藍染めの手ぬぐいを被っている。さして人口の多くない集落だが、初めて会う方かもしれない。

「せんせー、おはよー。今だれと話してたの?」

「結奈ちゃん、おはよう。そこにお婆さんがね――」

 通学してきた児童に挨拶し、老婆が居たほうへ視線を戻すと、誰も居ない。うねが整然と並んでいるだけだった。


 私は本当に仏様を見てしまったのだろうか。深まる謎を解明するために私はアマゾンの奥地へ……向かうことなく普通に出勤した。世の中には知らないほうが良いこともある。


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