猫の頭突き

 猫の頭突きは意外と力強い。

 どんな容器にもピッタリと収まり、わずかな隙間をぬるんと通り抜けることから、猫が液体であるということは周知の事実だろう。しかし、頭突きをするときに限りダイラタンシー現象が起きるようだ。まるで机にこぼした牛乳のように白い腹を見せてくつろいでいたかと思えば、尻尾をピンと立てご機嫌な歩調で突撃する。ゴッ! と結構な勢いで来る。ふわふわの毛に覆われた中に、頭骨を確かに感じる。

「猫って、骨……入ってたんだ……」

 と、当たり前のことを思い出させる程度には固く力強い。大盾を構えた重装歩兵の一撃くらいつよい。ファビュラスファランクス。

 膝を抱えてしゃがみ込む私の足に初撃をぶちかまし、頭頂部をぐいぐいとこすりつける。薄く可愛らしい耳が形を変えてくしゃりとなるのもお構いなしだ。そのままの勢いで胴体もこすりつけながら私の外周を時計回りに闊歩かっぽする。そして右側の死角へ入ったらすかさず旋回。右腕と脇腹の間をこじ開けてトンネルを通し、天へと突きたてた縞模様の尾を見せつけるように眼前を横切る。

 それじゃあ、「飼い主げぼく御猫様おキャットさまを撫でさせていただこうか」と手を伸ばすと、すかさず距離をとられる。

「許可してないが?」

 とでも言いたいのだろうか。心なしか不満げな顔をしているようにも思える。仕方がないので手を引っ込めると、また頭突きから始まり、ぐいぐい、ぐりぐり、ごろごろ、すりすり、ぐいぐい。右脇のトンネルは必ず通るけれど、左脇隧道ずいどうは開通しない。気まぐれに立ち止まり、「トントンしろ」と言わんばかりに尻を向けることもある(勿論トントンする)。

 そうして猫が満足するまで人間はされるがままの言いなりである。

 服は毛だらけになる。それを一本ずつじっくり検分することに喜びを感じるのは猫飼いあるあるだろう。すらりと真っ直ぐに伸びたつややかな毛に混じり、ゆらゆらと弱々しく波打つ毛もある。色は白、薄茶、赤茶、グラデーション。一本として同じものは無い。

 中でも白から薄茶へ変化する毛の見事さたるや。オーブンの中で色づいてゆく香ばしいパン、あるいは海に落ちる夕焼けのように美しい。集まれば可愛らしいふわふわも、その一本一本を見れば芸術品だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る