眠剤飲んで夢を見る

 眠剤を変えたら夢を見る頻度が増えた。

 相変わらず眠れないと医者に訴えたら、「じゃあ、別の薬を試してみましょうか」と優しげな顔でのたまう。ビエルゴだかデエビゴだか知らないが、そんなような名前の薬を処方してもらった。眠剤を試すのはこれで三種類目だ。

 薄赤の小さな錠剤は何とも不気味で食欲が失せる。そもそも薬に対して食欲旺盛になったことなんて一度もないが。ラムネ菓子じゃあるまいし。

 入眠時の効果はそれなりに高い。少なくとも前回処方してもらったものよりは。しかし自然な眠気がくるというよりも、正体不明のめまいに襲われるような感覚だ。酒に酔ったときのような高揚感は無くて、ただ単純に何の感情も沸かないまま天地を失う。無味乾燥のふらつきだ。そもそも眠気というものがどういうものだったか覚えていないが、こういうかんじではなかったような気がする。

 そういうわけで倒れ込むように布団に入り眠りにつく。そして必ずと言っていいほど夢を見る。夢を見て、起きて、朝かと思いスマホで時間を確認したら午前一時だったり三時だったりする。「なんだ、まだ夜じゃないか」と思ってもう一度眠りにつき、また夢を見る。朝までそういうことを二度か三度ほど繰り返す。今までこんなに夢を見るなんてことは無かった。デエビゴの副作用に異常な夢や悪夢というものがあるらしいが、別にそこまで嫌な夢でもないから不思議だ。

 ある夢では、私はごつごつした岩場や急な坂道を登って寺と神社に参拝していた。自分たち以外にもそれなりに観光客がいて、手を合わせて拝んだり看板を読んだり花を楽しんだりしている。そこで私は誰かと共に立派なお堂を見学する。小学生のときの同級生のような、高校の友人のような、顔はハッキリと見えているはずなのにそれが誰なのかいまいちわからない。もしかしたら全然知らない誰かかもしれない。けれども夢の中の私はそんなこと気にすることもなく、畳敷きの回廊をぐるりと一周し、金に輝く天蓋や古めかしい仏像を見上げ、呑気に観光を楽しんでいる。寺の全体的な雰囲気は鋸山の日本寺に少し似ているような気がした。神社はわからない。街歩きが趣味で、休日に方々を歩き寺社仏閣を見かけたら片っ端から参詣しているから、そのうちのどこかかもしれない。

 またある夢では、お手伝いさんを雇うような大きく古い日本家屋で、女ばかり五人も六人も顔を突き合わせて夕食を摂っていた。その顔には見覚えがあるような、無いような。自分よりもいくつか年かさの彼女らは友人のようにも親戚のようにも思えた。結婚などせず同好の士とシェアハウスして過ごせたら……、と憧れたことがあるが、それが反映されたのだろうか。机に並ぶ食事の、白いご飯がやけにつややかだったことを起きてからも覚えていた。普段は基本的に玄米を食べているのだが、本当は白米を食べたいと、潜在意識の中で思っているのだろうか。

 夢というのは、記憶の中にあるものから構成されているという。しかし最近見る夢は今までの私の生涯で行ったことがある場所のような、そうでないような。出会ったことのある人のような、そうでないような。曖昧なものが多く混入しているように感じられる。

 短時間に寝ては覚めてを繰り返しているから、現実との区別がつかなくなる。胡蝶の夢ではないが、今こうしてパソコンに向かって文章を書いている自分が本当に現実に存在しているのか、自信が持てなくなってくる。これこそ夢なのではないか。

 とりあえず睡眠から離れたくて、オートミールにインスタントコーヒーと牛乳を混ぜたもので朝食にした。レンチンしたからねちょねちょだ。カフェインと固形物を胃にぶっこんでおけばしゃっきり覚醒するだろうという魂胆だ。適当に咀嚼して飲み込む。今感じているこの強烈な苦味すら夢だったらどうしよう。



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