そして、平戸から
そこに馴染むのは切った髪が肩に届き始めた金髪碧眼の少女、オフィーリア・ハリソン。西欧風女性服の上に水平線の色を染めた羽織りを着るという異質な組み合わせだが、不思議と調和して見える。そんな彼女の背にある丘には、煤焼けた姿の平戸城が世界の玄関口を見守っていた。
「
オフィーリアが港の帆船を遠目に見ていると、
「ところで、オフィーリア。日本の名産品についてだが——流石に【饅頭】はイギリスへ到着する前に
「……ですよね」
「異国までの航海日数、不潔を避けられぬ船内を踏まえれば持ち込みが難しい事も、貿易の均衡を保つに相応しい品であるかどうかも、少し考えれば分かるはずであろう?」
「……名産品については、私の考えが浅はか過ぎました。申し訳ありません……」
「だが、四日市の土産物については商において契機になるやもしれん。非常に、興味深い」
「はい、きっと人と品を繋ぐ文化になってくれると……信じています」
「饅頭は的外れであるが、こちらの羽織りは非常に良い出来だ。これであれば、向こうでも喜ばれるだろう」
松浦はオフィーリアが着用している羽織りに注目した。今、彼女がマントの代わりに着用している
「しかし、今の貿易は希少価値より数が求められる。次は、一定量を保って輸入出来るものを仕入れてくることだ」
「はい! 精進いたしますッ」
ふぬッとオフィーリアは両手拳で気合いを入れた。それを真横から見た松浦はフッと笑い、目の前に広がる海と集まる大型船を見る。
「暫くは貿易船で
「そうですか! 良かった……心強い御二方なので、これからも一緒で嬉しいです」
「道中は色々あったと、三浦様からお聞きしている。全員無事に平戸へ帰還して何よりだが、重ね重ね辛い思いをしただろう?」
「不安な事ばかりでしたが、先生が平戸で待ってくれている。それだけで長い道のりも、苦ではなかったです」
「そうか。——しかし平戸は、本当に帰る場所とは言えぬだろう」
「え?」
「此度の輸入船で生まれ故郷へ戻るが良い。時間は掛かってしまったが、現地商人の理解を得る手筈は整えている。今、帰還すれば身内全員の働き先と安定した生活を約束されるだろう」
「でも、私は
「日本は大航海時代に出遅れている。その焦りに某はオフィーリアを二年間も縛り付けていた。弟子が手元から離れ、漸く思慮の浅さが見えるとは、なんと無様か」
「先生……」
「これ以上、日本の時代に振り回される事はない。
自身の野望に巻き込んだ事を詫びて、松浦は深々と頭を下げた。尊敬する師の低姿勢にオフィーリアは反応に困って、目や指先の動きが混乱している。どう返すべきか冷静な判断は出来ないが、彼女の本心は迷いの無い言葉を紡ぐ。
「先生、私はまだ……日本から離れるつもりはありません」
「無理をするな。平戸ですら、異国人の立場が悪くなってきている。このままでは激動の渦に身を置く事になるのだぞ」
「それはイギリスだってそうです。私が幼い時にスコットランド王がイングランド国で戴冠されまして、これでは対立戦争がいつ起きてもおかしくないですよ〜」
やれやれ顔で軽口を叩くオフィーリアに、松浦は呆気を取られる。すぐさま彼女は調子に乗りましたと苦笑いで謝罪し、吹き付ける潮風に対して離れたくない思いを吐露する。
「私、どうしても平戸に薬膳レストランを作ってみたいんです」
「浮ついた言い訳にしか、聞こえんな」
「先生のおっしゃる通りですね。とても図々しくて、ワガママな目標でしかありません。でもこれは——日本でなければ、叶わないんです」
「日本でなくても、実現出来るものであると某は思うが?」
商人の師から畳み掛ける、静かで厳しい声。聞き入れたオフィーリアは、海から松浦に視線を向けると真っ直ぐな笑みで反抗した。
「先生の目標も、日本でなければ実現出来ないものではないでしょうか?」
「……ほう」
「平戸の決まり文句は『商人は利益が無ければ動かない』ですよね?」
日本で夢を実現したい、ただそれだけ。オフィーリアは決心ある気の抜けた顔を松浦に向ける。若者の
「平戸は世界への入り口。未知と可能性を繋ぎし場所にて新たな野心を実現するならば、海路は辛く険しいものであるぞ」
「私は平戸イギリス商館、影の
「日本に残り、商館員となるならば、後に博多や琉球……日本各地だけでなく海を渡り、異国に赴く事もあるだろう」
「博多! ……あ。コホン、ジャックス商館長と先生のご期待に応えられる働きをしてみせます」
将来を語る二人は背後から、革靴の足音が近付いてくる事に気付く。合わせて振り返ると、見慣れた剽軽者の笑顔が見えたが————それを出迎えるにはあまりにも時期が早い。大航海時代の貿易船ならばオランダと日本の航海日数は一年近くはかかる。新たな目的の為に数ヶ月かけて引き返し、この場に姿を見せるのは、エデュアルト・オールト。
「えッ、なんで……⁉︎」
「何故、日本に戻られた——?」
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