3. 聖女から冒険者へ


 焚き火の炎にペンダントをかざしながらザアラはそれを見つめていた。トップに赤い宝石をあしらったそれは、ほのかに光が揺らいでいた。


「これはおれとリタが小さい頃、森で迷ったときに見つけた石なんだ」


 なにかを懐かしむかのように。彼はその宝石を手のひらで転がした。


「綺麗ですね」


「ああ、リタに良く似合うと思ってあげたんだけど……ちゃんと返しに戻らないとな」


 一度ぎゅっと握り締めると胸元へと仕舞い込んだ。


「ところで魔物の根源とは一体何なんですか?」


「……さぁ?」


「さぁ? 何もわからず旅をしてるんですか!?」


「預言師は具体的な事はなにも教えてくれなかったからね。まずは情報を集めようと思って冒険者登録したんだ」


 ルウナは呆れた顔で彼を見ていた。しばらくしてはぁーっと溜息を吐くと、彼が淹れてくれたスポポラの葉のお茶をずずーっとすすった。


「それで君はこれからどうするんだい?」


「おばあちゃんのとこへ帰ろうと思います。どうせ死んだと思われてるだろうから追手などはないでしょう」


「おばあちゃんの所って?」


「ここからずっと南に行ったとこにあるセリーゼという街です」


「ああ! 海に近い街だね。よし、じゃあおれも一緒に行こう」


 突然の提案に彼女は思わずお茶を吹き出した。


「ぶふぇっ! いいですよーザアラさんは勇者のお勤めがあるじゃないですか!」


「いいんだ。未だになんの手掛かりもないし、おれが勇者っていう確証もないからね。それに女の子の一人旅なんて危険だろ?」


「まぁそうですけど……」


「じゃあ明日は一旦街に戻って採取依頼を完了させるよ。君の服とか靴も買わないとね」


 そういえばみすぼらしい布の服しか着てなかったと彼女は自分自身を見た。急に恥ずかしくなり顔を下に向けた。


「今日はこれを着て寝るといい」


 彼は黒いフード付きマントを彼女に差し出した。夜になり段々空気は冷えてきている。彼女はぺこっと頭を下げてそれを受け取った。


「おれが見張り番をするから君はテントで寝ていいよ。今日はいろいろあって疲れただろう?」


「ありがとうございます。でも寝る前にちょっとだけいいですか?」


 ルウナは立ち上がると、手を胸の前で組みながら祈りを捧げるような姿勢を取った。


テネルロンタン遠ざけよ


 薄い膜のような光がテント周辺に徐々に広がっていく。それはやがて夜の闇へと溶け込んでいった。


「魔物避けの光魔法です。これは気配遮断と魔物が嫌う浄化、二つの魔法を掛け合わせてるんですよ」


「……へぇ。とりあえず凄いもんだね光魔法は」


「まぁ私の発想と創造力の賜物です! 持続型にしたので朝まで持つと思います」


 再びえっへんと彼女は両手を腰に当てた。ザアラは微笑みながら彼女に小さく拍手を送った。


「じゃあおれも少し休むとするよ。いい眠りを」


「はい。じゃあザアラさんもいい眠りを」


 テントに入るとルウナは頭からマントにすっぽりくるまり深い眠りへと落ちていった。それは彼女にとってこの十年間で一番安らかで幸せな眠りとなった。




 ルウナは鳥たちのさえずりで目を覚ました。朝日が雲の切れ間から顔を覗かせている。彼女はうーんっと両手を伸ばし大きく息を吐いた。


「おはようございます」


 ザアラはすでに出発の準備をしていた。焚き火に僅かに残った炭でスープがこしらえてあった。


「おはよう。ゆっくり眠れたかい? 野草のスープが出来てるからよかったら飲んでよ」


 小さい鍋の中身は野草とキノコが入ったスープだった。白いお団子のようなものがいくつか入っている。


「この白いのは何ですか?」


「それはタローナという芋だよ。もちもちしてて美味しいよ」


 一口それを噛んでみるとぷにぷにとした弾力で癖になりそうな食感だった。彼女は鍋のスープをペロリと平らげ満面の笑みを浮かべた。


「ぷはーっ! 美味しかったです。ごちそうさまでした」


「朝からいい食べっぷりだね。鍋は軽く水で洗っておいてくれるかい?」  


 はーいと彼女は川縁かわべりへとスキップした。鍋を洗ったついでに顔も洗った。


 テントもすっかり片付けられ荷物をまとめ終わったザアラが彼女になにかを差し出した。


「よかったら履いてみてくれ。つるで作ったから履き心地は悪いだろうけど」


 よく見ると蔓を編んで作られた草履だった。履いてみると軽くて意外にも足に馴染んだ。


 最初は頼りない人かと思ったけど、ザアラさんには助けられてばかりだな。いつかちゃんとお礼をしないとな。


「ありがとうございます! 結構歩きやすいですよ」


「街まではそれで我慢してくれ。痛くなったらおれが背負って行くよ」


「ご心配には及びません」


 そう言うと彼女は足元に手をかざした。


プロテジーナ護りを


 薄い板状の光が彼女の足の裏に吸いつくように現れた。


「ほう、反射の魔法か。器用なもんだね」


「物理攻撃反射の光魔法です。石ころくらいなら痛くも痒くもありません」


「それにしても、君の魔法の使い方はおもしろいね」


「私は魔力が弱いんです。だからなるべく効率よく魔法を使いたくて。創意工夫が私のモットーですから」


 えっへんとドヤ顔する癖は当分直りそうにはなかった。だが嬉しそうに自慢する彼女を見てもザアラは悪い気はしなかった。彼女のドヤ顔とそれに送られる小さな拍手は二人の定番の流れとなるのであった。





 太陽が真上に昇る頃、二人は森を無事抜けていた。街へと続く街道を彼らは歩いていた。


「意外とあっさり抜けれましたね」


「昨日は暗くなってきてたからね。まぁちょっと迷ってたのは事実だけど」


 街の入り口が見えてくると、ルウナはフードを目深に被った。追手などないとはいえ、彼女の見た目はそれなりに目立つ。ザアラの後ろに隠れるようにして街の中を歩いた。


 依頼報告のため、まず二人は冒険者ギルドへとやってきた。ザアラは受付カウンターへと向かい、ルアナは入口付近で待つことにした。受付で話し込むザアラがなにやら彼女をちらちらと見ていた。そして一枚の紙を手に彼女の方へと戻ってきた。


「よかったら君も冒険者登録しておくかい?」


「私が冒険者ですか!?」


「ああ。名前と年齢とジョブだけ記入すれば誰でもなれる。身分証代わりにもなるし」


「でも、光魔法使いと書いてしまうといろいろバレてしまうのでは……」


「そこは魔法使いでいいさ。おれも勇者じゃなく狩人で登録してるからね。もちろん勇者なんて書いても誰も信じないだろうけど」


 ハッハッハと高らかに笑うザアラを見てはぁっと短い溜息が漏れた。渋々といった感じでルウナは紙に記入をし、カウンターへと向かった。

簡単な質疑応答が終わると木製のギルドカードが渡された。


【ルウナ 魔法使い 七等級】と刻印がされていた。


「これで君も晴れて冒険者だ! おめでとう!」


 ザアラが彼女の肩をポンポンと叩く。


「別に冒険者になりたかったわけじゃ……」


 ぽつりと呟いた彼女の言葉は彼の耳には届かなかった。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 第三話を最後まで読んで頂きありがとうございます。


 またこの時点で☆、フォロー、♡を頂いて大変感謝しております。


 投稿序盤で評価して頂けると本当にありがたいです。

 

 


【食メモ】


 『タローナ』は見た目と味が里芋、食感は白玉のような根菜です。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る