4. 手にした自由


 ぺたぺたぺた。


 石畳の道にルウナの足音がしていた。冒険者ギルドを出ていざ彼女の服を買いに行こうと歩いていると、蔓で作った草履がとうとう壊れてしまった。

裸足で街中を駆け回る子供もいるため、彼女が裸足でもそれほど目立つことはなかったが……


「やっぱりおんぶしようか?」


「結構です! そっちの方が恥ずかしいですよ」


 黒いフード付きマントを頭からすっぽり被り、素足で歩く少女の姿は少し異様でもあった。しかしそんなのはどこ吹く風。彼女は気にする事なく平然とすたすた歩く。

程なくして剣と盾をモチーフにした看板が見えてきた。


「いらっしゃい! 武器と防具の店カールタンへようこそ!」


 快活な声と共に店主であろう男が店の奥から姿を見せた。


「おや、お嬢ちゃん。盗賊にでも襲われたのかい?」


 ルウナの姿を見るなり店主はそう言った。はははと笑顔を引きつらせながら彼女はフードから顔を出した。後から入ってきたザアラが代わりに答える。


「まぁちょっとした事情でね。ここは靴とかも置いてるかい?」


「もちろん! つま先から頭の天辺てっぺんまで全部揃えられるぜ」


 彼女はまずは靴を探した。冒険者御用達ごようたしとあって、わりと無骨なブーツが多かったが一番軽そうな革の靴を選んだ。それから下着や服などお手頃価格の物を次々選んでいった。


「ローブとか杖はいらないのかい? 魔法使いさん」とザアラが言った。


「杖は使った事ないですし、当分はこのマントをお借りしててもいいですか?」


「それは構わないよ。でもなんか味気ないなぁ」


 彼は店内をキョロキョロと見渡すとハッとした顔をしてとんがり帽子を手に取った。


「絶対かぶりませんよ……」


 彼女がキッと睨むと彼はしゅんと項垂うなだれてからそれを元の場所に戻した。そして支払いを済ませ二人は店を出た。


「ありがとうございました、ザアラさん。お金はいつか必ずお返します」


「気にしなくていいよ。これからは旅を共にする仲間だからね。じゃあひとまず今日の宿でも探そう」


 彼らは一番最初に目についた宿屋に入る事にした。ザアラは別々の部屋を取ってくれ、昼飯までは少し休もうという事となった。


 ルウナは部屋に入るとバタンとベットに倒れ込んだ。天井を見つめながらふぅーっと大きく息を吐いた。


 思えばつい一昨日までは聖女として、一日中決められた仕事を粛々と行っていた。一人で過ごす自由な時間などほとんどなく、まさに操り人形であった。十年という歳月の中で彼女はそれが当たり前のようになっていた。聖女の務めだと言われればそれに従うしかなく、いつしか彼女は自分というものを失っていたのかもしれない。


 そしてあの仕打ちである。彼女はあの時、あらがう事も逃げ出すこともしなかった。いやその考えすら及ばなかったのだ。死の恐怖すら忘れる程に。


「ふふふ」


 なぜだか急に笑えてきてしまった。聖女様と持ち上げられた自分が今はどこにでもいる一人の少女だ。その事実がおかしくて、でもすごく嬉しくて。ようやくという自分を取り戻せた気がした。


「もう自由に生きていいんだ……自分のために生きていいんだ」


 彼女は泣きながら笑っていた。喜びの涙が溢れて止まらなかった。


 そしてしばらくすると彼女は寝息を立てて眠りにつく。その寝顔は穏やかで安らぎに満ちていた。




 ルウナが目を覚ました時には、すでにすっかり日は傾いていた。彼女は慌ててザアラの部屋を訪ねた。


「やあ、ぐっすり眠れたかい? お腹すいてるだろう? 夕飯でも食べよう」


 二人は宿屋の食堂へと向かうと窓際のテーブルへとついた。


「食べたいものをじゃんじゃん頼んでくれ」


 そう言って彼はメニューをルウナに差し出した。彼女は目を輝かせながらテーブルに載りきれない程の料理を頼んだ。お昼を抜いた彼女はそれを次々平らげていった。葡萄酒を飲みながら、ザアラはそれを見てニコニコと笑っていた。


「君の食べっぷりを見ているとこっちまでお腹いっぱいになるよ」


「教会の料理はお上品なものばかりでしたから。こんなに味がしっかりした料理を食べれて幸せです」


 口元についたソースを拭こうともせず、彼女は夢中で食事を楽しんだ。けぷっと彼女がようやく一息ついた頃、ザアラが口を開いた。


「明日はラビリンスに行ってみないかい?」


「ラビリンスって……あのラビリンスですか?」


「そうそう。せっかく冒険者登録したんだ、一度くらい潜ってみたいだろ?」



 この世界ではラビリンスと呼ばれる、地下へと伸びる迷宮があちこちに存在している。複数の階層に分かれており、多いものだと百階層以上もある大迷宮もある。太古の昔から存在しているとされ、その内部には地上よりも多くの魔物が跋扈ばっこしていた。その成り立ちは未だ解明されておらず多くの謎に包まれている。


 魔物の素材や鉱物資源を求め、冒険者だけでなくお宝目当てのトレジャーハンターたちが日々ラビリンスへと潜っていた。



「でも私、魔物と戦った事とかないですよ?」


「大丈夫さ! この街の近くには低級冒険者でも潜れるラビリンスがあるんだ」


 ラビリンスはその危険度によってランク付けされている。冒険者の等級と同じく下が七級から上が一級となっている。冒険者のランクは依頼や魔物の討伐などの実績でも上げれるが、最も手っ取り早く上げるにはその等級のラビリンスを攻略すればよい。最下層にいるとされる迷宮主の討伐。それがラビリンス攻略の条件となる。


「う~ん。できれば早くおばあちゃんとこに行きたいのですが……」


 今度はザアラが目を輝かせながら彼女の返事を待っていた。


「わかりました。ザアラさんにはいろいろお世話になっているので――」


「ありがとう! ルウナ! やっと念願のラビリンスに潜れるよ!」


「え!? ザアラさん潜ったことないんですか?」


「一人だと心許こころもとなくてね。七等級冒険者だとなかなかパーティも組んでもらえなかったんだ」



 この人は本当に勇者なんだろうか……今更ながらそんな不安をルウナは抱いた。





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