第3話 「好きじゃない」と言う理由
「まともな人がいないわ……!」
嫌々ながら、婚約者候補の資料に目を通し始めて数日。私は、早々に行き詰まっていました。
理由は、婚約者候補に婚約できそうな人がいないから。
この国には主に3つの勢力があります。親王政派と反王政派、中立派。本当はもっと入り組んでいるのだけれど、大体はこんな感じです。この国も一枚岩ではないのです。
そして、今回、父上が下さった資料の婚約者候補は全員、反王政派に属している家の人間なのです。危険な人のところへ嫁がせようなんて、どういうつもりなのでしょうか。
……いいえ。分かっています。これは、王女としての資質を見定めるための、父からの試験だと。
父上は、私がどれほど、国内外の情報に精通しているかを確認したいのでしょう。
決して、最終的にノエルと結婚させるための布石などではないのです。ないですわよね、父上?
「ロザリー。婚約者候補の中に、会いたくなった方はいたか?」
「兄上」
婚約者候補資料とにらめっこしている私の元に、兄上がやって来ました。
「いないですわ。そもそも、王族に敵対している勢力の息子ばかりではないですか」
「そうでもないぞ」
兄上は私の持っていた資料を取り上げました。それをパラパラとめくった後に、候補者の1人の名前を示します、
「確かに、この侯爵家は反王政派に属している。だが、息子は父の意見に囚われない柔軟な考えをしている。うまく立ち回れば、親王政派に引き込めるだろうな」
むぅ。確かに、兄上の言っていることは正しいです。見逃していた私はまだまだということなのでしょう。
「まあ、でも。ほとんどは嫁いだら危ない相手だな。最悪、死ぬ」
「さいあく、しぬ」
兄上がさらっと怖いことを言っています。何ですか。最悪、死ぬって。
「決めたわ。この侯爵家の方と会うことにします」
「いいのか?このまま進めると、
「私は王女です。そんな覚悟出来ていますわ。……兄上のように、意中の相手と婚約できるわけじゃないんですから」
「あっ!まさか、俺が花を贈ってること、ノエルから聞いたんじゃないだろうな?!」
「ノエルからは聞いてませんわ。兄上の婚約者さまから直接聞いて、私がノエルに伝えたのです」
兄上は口をパクパクとさせます。きっと、婚約者の方が話しているとは思わなかったのでしょう。
「それ!ノエル以外には誰にも言ってないだろうな?!」
「言ってませんよ」
「よかっ……」
「父上と母上と、数名の侍女以外には」
「よくない!それ、ほとんど全員!!」
威厳のある兄上は、何処へやら。顔を真っ赤にされて、焦っておられます。侍女に話されてしまえば、噂はあっという間に広がって、城中に知られてしまいますからね。
可哀想に。まあ、元凶は私なのですが。
「と、ともかくだ。確かに、王女という立場上、感情を押し殺さなければならないこともある。だが、ノエルが相手なら、不足はないはずだぞ」
ノエルは公爵家の次男ですが、親王政派に属しています。親王政派と団結力を深めるという点で、ノエルを婚約相手に選ぶことも理に適っているのでしょう。
けれど……
「何度も言っているではありませんか。私は、ノエルのことを恋愛対象として見ていません」
「そうなのか?」
「……そもそも、見てはいけないもの」
「どういうことだ?」
私はチラリと兄上を見上げました。
兄上は心配そうに私を見ております。兄上を心配させるのは、本意ではありません。
私は少しだけ、私の考えを伝えようと思いました。
「兄上は、ノエルが私の護衛騎士になったきっかけを覚えていますか?」
「ああ」
ノエルが専属護衛騎士になった経緯は、私が5年ほど前まで遡ります。
ノエルは元々、兄上の付き人として登城しており、その頃には兄上の専属護衛騎士になることが約束されていました。
しかし、私が10歳になる頃、私が侍女に攫われそうになったことで事情は変わりました。
その侍女は、私のお世話と護衛を兼ねた方でした。本当の本当に、信用しておりました。だから、私は声もあげることが出来ず、あと一歩のところで、連れ去られるところでした。
そこを助けてくれたのが、ノエルだったのです。必死に私を探してくれたノエルの対応は、素早く、私は急死に一生を得ました。
侍女は最後まで口を割りませんでしたが、恐らく黒幕は反王政派の有力貴族でしょう。
ノエルには、感謝しかありません。ノエルが助けてくれなかったら、私はどんなひどい目に遭っていたでしょうから。
なのに、信頼していた大人に裏切れた私は、父上に願ってしまったのです。
ノエルが欲しい、と。
侍女には裏切られてしまったけれど、助けてくれた彼なら信頼できるから、と。
私が願ったことで、兄上の護衛騎士になるはずだったノエルは、私の護衛騎士になってしまいました。小さな子供の身勝手な願いで、私はノエルの人生を変えてしまったのです。
本当なら、兄上に仕えていたはずなのに。
本当なら、”未来の国王の騎士”という栄誉を手に入れることが出来たはずなのに――……
「分かりますか?私が願ったことで、ノエルの意思に反して、ノエルの人生を変えてしまったのです」
「だが、あの時のお前は、子供で……」
「けれど、今はもう大人です。これ以上、我儘を言って、ノエルを困らせたくないですわ」
私は一息ついて、紅茶を口に含みました。兄上は、難しい顔をされています。
「だとするなら。ロザリーは、ノエルに無理やり結婚を迫るのが嫌で、気持ちを隠しているということか?」
「ですから、私はノエルを恋愛対象として見る資格はないという話ですわ」
「なんだ、それ……」
兄上はソファの上で脱力されました。そして、深い深いため息をついて、仰られました。
「面倒くさいな!」
「なっ……!なんですか、面倒くさいって!!」
「面倒くさいだろう!ロザリーが勝手にゴチャゴチャ考えてるだけじゃねーか」
「言葉が悪いですわ」
「すみません!!」
兄上は立ち上がり、ビシッと指をさしました。
「つまり、この状況は相互不理解が原因だ。ノエルとよーーーく話し合え」
「はあ……」
「ノエル、入ってきていいぞ!!」
兄上が叫ぶと、部屋の扉が開きました。そこには、ノエルの姿があります。
まさか、私の話を聞いていたんじゃ……。
私が顔を青くする一方で、兄上は機嫌良さそうにノエルの元へ向かいます。
そして、ノエルに何かを耳打ちをして、部屋から出ていきました。小さな声だったので、何を言っているか聞こえませんでしたが。
後には、私とノエルが残されます。とても、気まずい雰囲気です。
口火を切ったのは、ノエルでした。
「ロザリー様」
「な、何かしら?」
「とりあえず、苺タルトを食べませんか?」
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