第2話 兄とノエル




「好きじゃないって、言われた……」

「ロザリーが?本当なのか?」

「もう、俺は、生きていけないかもしれないです……」


 俺の名前は、イアン・ボヌール。ローズ王国の長男で、ロザリーの兄に当たる。ちなみに、次の国王は俺。


 そして、俺の目の前で項垂れている男は、ロザリーの護衛騎士、ノエルである。


 今の彼には、色男だと宮中の侍女たちに騒がれている面影は、欠片もない。捨てられた犬を彷彿とさせた。


「俺は今まで自惚れていたのです。ロザリー様は、俺のことを、少なからず好ましく思っているんじゃないのかって」

「うーん。間違ってないと思うんだけどなあ」


 実際、ロザリーがノエルに好意を持っていることは、周知の事実だった。

 ロザリーがノエルを好いていることが、血縁のある俺たちどころか、宮中でも共通の認識になっているくらいだ。

 というか、王宮の中に「ノエルとロザリーはよくっつけ隊」が存在するくらいだ。非公式のファンクラブらしい。推しカプとか言っていたが、意味が分からん。


 二人の仲の良さは各所で目撃されている。俺自身も、ロザリーからこんな話を聞いたことがある。



『ノエルが、私にお菓子を分け与えてくるんですの。本当にやめて欲しいから、兄上から言ってくださらない?』

『それの何がいけないんだ?」

『太るじゃないですか!!太ると可愛くなくなってしまいます!なのに、ノエルは太っても可愛いと言ってくるんですよっ!』

『……うん?』

『まったく。誰のために、可愛くしたいと思ってると……』

『なあ。もしかして、ノロケられてる?』

『今の話のどこがノロケなんですか!』

『えぇー……』


 また、以前にノエルからこんな話を聞かされたこともあった。


『あの方、私が他の女性と話すと拗ねるんですよ。けれど、それを言葉では表さないで、代わりに腕をつねってくるんです』

『ほお』

『それで、俺が少しでも痛そうに顔を歪めると、すぐに慌てて心配してくるんです』

『……』

『それが可愛らしくて、毎回、わざと痛そうな顔をするようにしてるんです。あんな弱々しい力じゃあ、怪我するわけもないのに』

『……なあ、もしかして今って、ノロケ聞かされてる?』

『ノロケのつもりですが、何か?』

『貴っっっ様』



 うん。なぜ、俺はこんなにも妹と従者(幼なじみ)の初恋を、直に浴びていたのだ。眩しすぎて、思い出しただけで目が潰れそう。


「俺はこれまで、どれほど身の程知らずだったのでしょう」

「いや、両想い両想い。もう両想いだから」


 これが両想いじゃなかったら、世の中の何が両想いに当たるのかレベルで両想い。俺は何考えてるんだ、意味分からん。


「あー……あれかな。常に一緒にいるから、恋心を自覚していないパターンかもな」

「?」

「つまり、ノエルが当たり前の存在過ぎて、お前に対する感情が特別だって気づいてないんだよ」

「そんな……」


 これは実際にあり得ることだった。ロザリーからの要望で、彼がロザリーの護衛騎士となった時から、もう5年も経つ。

 知り合った時の年齢を考えれば、もっと長い月日を二人は過ごしているのだ。


 「恋心」など、今更感じるのも難しくなってくるだろう。


「一回距離を取ってみたら、いいんじゃないか?」

「……」

「元々、ノエルは俺の護衛騎士になる予定だったのだし、俺の元に再就職なんてどうだ?」

「耐え難いですね」

「え?俺に仕えるのが?」


 違います、とノエルは首を振る。


「ロザリー様の側を離れるのが」

「わあ」


 背中がむず痒い。


 あまりの甘酸っぱさに、俺は王宮中を叫びながら走り回りたい衝動に駆られた。

 もちろん、王家の威厳のために、そんなことはしないが。


「じゃあ、気持ちを伝えるのはどうだ?」


 告白されれば、ロザリーだってノエルを意識するはずだ。それでロザリーが気持ちを自覚できれば、願ったり叶ったりだろう。


 しかし、俺の提案にノエルは顔を曇らせた。


「もしかして、爵位のこと気にしてるのか?」

「そう、ですね」


 ノエルはレルミット公爵家の次男だ。しかし、爵位は長男が継ぐため、ノエルは公爵家とは関係のない人間となってしまう。一国の王女が嫁ぐ相手としては不足と言えよう。


 それでも、だ。


 王女であるロザリー自らが願えば、二人の結婚を推し進めることは簡単なのだ。

 だが、ノエルの方からとなると……


 ノエルは、苦悶の表情でおし黙っている。

 俺は肘をついて、そんなノエルを挑戦的に見上げた。


「それじゃあ、お前は、爵位を理由にしてロザリーを諦めるんだな。随分と薄っぺらい感情だな」


 その時のノエルの表情の恐ろしさと言ったらない。

 身の毛がよだつほど、強く睨まれた俺は、たじろいでしまった。


 しかし、すぐに彼は、俺が煽るためにこの言葉を言ったと察したのだろう。


 ノエルは、困ったように眉尻を下げた。


「すみません」

「いや、いい。それほど本気ってことだろう?」


 王族を凄むなど、不敬以外の何ものでもないが、そこは長年の関係がある。

 これくらいで怒ったりはしない。


「俺、ロザリー様としっかり話そうと思います」

「ああ。それがいいと思う。今から行くのか?」


 ノエルは首を振った。


「あの方は苺タルトが好きなので、買ってこようと思います。それを献上して」

「気を引こうと?」

「その通りです」

「健気だな」


 俺はニヤリと笑い、ノエルを揶揄からかう。

 ノエルも、立ち上がりながらクスクスと笑った。


 その表情を見て、前にロザリーが「ノエルは優しい笑顔をするのよね」と呟いていたのを思い出した。


 そして、ノエルはにっこりと笑った。


「イアン様も、婚約者の方に毎日花を贈ってるそうじゃないですか。健気ですね」

「おまっ……・!なんでそれを知って!!」

「失礼致します」

「ちょ、待て!!誰から聞いたのかだけ、教えてくれ!」


 なんで、俺がこっそり贈っていることを、アイツが知っているんだ?!

 俺が揶揄からかったから、仕返しのつもりか?!


 くそ。あいつは、主君の命令にも従わずに、さっさと部屋を出て行ってしまった。ロザリーの言うことは何でも聞くくせに。

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