第3話 二度も襲撃されるはずがない

 昼休み、堂馬はふて寝を決め込んでいた。


 体調はすこぶるいい。昨日の疲れが嘘のように吹き飛んでいる。ただ左手首が涼しいだけだ。




「おいおい堂馬くんよ。どうしたんだよらしくない。ふてくされた顔はいつもだけど寝込んじまうとは。」


 


 クラスメートの上村左右うえむらさゆうの軽口に左手をひらひらさせて答える。




「あれ、お前Gショックはどうした?買った時無駄にテンション高かったじゃん」


「壊れた」


「壊れたぁ!?Gショック壊れるなんて初めて聞いたぞ。トラックにでも轢かれたのか?」


「生憎異世界転生は果たしてねえよ」


「じゃあ呪われてんじゃねえのお前」


「呪いなんぞない。あるのは物理的衝撃だけだ」




 そうだ、呪いなどあるはずがない。




「でも剣術とかやってると変なもんとか呼び寄せたりするかも知れないだろ?なんか妖刀とか。村正みたいな?」


「村正は伊勢は桑名の刀工集団で、そこの刀が徳川家の連中を切りまくったんで妖刀呼ばわりされているだけだ」


「え、そうなんだ」


「ネットで調べりゃ大体分かるぞ。反徳川の奴らにはむしろ守り刀で真田も維新志士も村正を欲しがった。呪いなんてないさ。あるのは人と歴史だけだ」


「今ちょっとかっこいいこと言おうとしたろ」


「余計なこと言うな。毛根に枯れ葉剤撒くぞ」


「怖いこと言うなよ!あ、そうだ明日カラオケ行かね?それ言おうとしたんだった」


「朝のバイトの後ならいいぞ」


「それじゃあ5時集合な。通り魔には気い付けろよ」


「そうするよ。本当に」


 二度と悲劇は繰り返さない。そう決意して、気がつけば放課後だった。


















 金曜土曜とバイトをして、おまけに刀の手入れ具まで買いに行くのは家事以外はものぐさな堂馬にとって苦行に等しい。


 カラオケで特撮ソングをがなり立てるのが数少ないストレス解消とは。


 世知辛い。花の高校生にこの仕打ち、何もかも貧乏が悪い。悪鬼悪霊など、貧乏の前にはコンビニおにぎりの包装に持っていかれた海苔の切れ端に過ぎない。


 


 クラスメート達と遊んだあと、帰り道が途中まで同じの3人で帰る。


「それにしても芦屋さー。必要もないのにいい声してるんだから仮面ライダー以外も歌ったら?」


 人付き合いの悪い堂馬の数少ない女友達、羽咋礼はくいれいが呆れた顔で呟いた。目立たないよう染めたセミロングの茶髪が、寒気に縮こまるように震える。


「T○KI○歌っただろ」


「微妙に外してかかるのをやめなさいって言ってんの。そんなだから友達少ないんだよ?」


「昔から思うんだが友達が一杯いて、それでどうすんだ?必要十分な数がいれば問題ないだろ。100人いたとしてなんかいいことあるか?年賀状100枚書けるのか?」


「その屁理屈もやめなさいって。皆話してる噂とかもどうせ知らないでしょ」


「噂なんて余計にどうでもいいだろ」




 にべもない答えに隣を歩く左右が面白がるように尋ねる。


「おいおい、それじゃあ通り魔のことも知らないんじゃないか?」


 「通り魔ぁ?」




 初めて聞いたという反応に、ちょっと愕然とした表情をする。


「お前……。最近下校時間が早まってる理由は知ってるか?」


「日が落ちるのが早くなったからじゃないのか」


「なに時代の話だよ!通り魔だよ通り魔!死人も出てるんだぞ。テレビで見るだろ」


「俺はテレビなんて見ない」


「生まれる時代を3世紀ほど間違ったな。生まれ変わる時寝坊でもしたか?」




 まあいいや、と左右は勝手に解説しだした。


 ことの始まりは5日前、とある剣術道場で人切り沙汰があったそうだ。下手人は道場主の娘に片思いしていた若い男で、若さに任せて夜這いをしたのだという。


 このご時世それだけでも言語道断だが、そこそこの規模の道場だけあって警備会社と契約していたため、あっさり見つかって父親の道場主にぶっ飛ばされかけた後がまずかった。




 計画的な犯行だったらしく、あらかじめ盗んでおいた鍵束を使って土蔵に逃げ込んだのだ。


 とはいえ所詮は苦し紛れ。警備員も駆けつけてさあご用と蔵に入ろうとして。


 そこで道場主が刺されたらしい。


 鳩尾を狙った鋭い突きで、流石師範なだけあって咄嗟に身を逸らし、致命傷は避けたもののわき腹を貫かれて重体。警備員の一人が防刃服ごと胴を切られ内臓まで達してこれまた重体。


 悲鳴を聞いてよってきた野次馬の一人は頸動脈をすっぱり裂かれて死亡。大惨事である。




 更にこれでたがが外れたのか、事件の2日後に同じ道場の師範代を刺し殺した。


 最早立派な殺人鬼で、おかげで小学校は集団下校。中学高校も日が暮れる前に帰るようにとお達しが出たのである。


 そして件の人切り包丁の銘が村正。と噂になり、妖刀伝説誕生と相成った訳だ。
















 話を聞き終えた堂馬の顔こそ見ものだった。不機嫌ここに極まるといった様相で、大きく舌打ちまでしてみせる。




「な、なんか気分悪そうね」


「当たり前だ。そんな腐れDQN包丁でもハサミでも使やあいいものを、脇差しなんぞ使うからこっちに文句が来るんだよ。なにが妖刀だ。せっかく立派な脇差し持ったんだから腹でも切れば良かったんだ」


 


 あまりの言いぐさに蓮っ葉な雰囲気のある礼も引き気味であった。




「ん、そういや何で脇差しなんだ?刀の種類まではネットに載ってなかったぞ」


「そらあそんなキ○ガイが長い刃物持ったなら、普通真っ向から切りかかるだろ。両手持ちで走りながら突くって案外難しいし。多分短めの脇差しか短刀で刺して、次にすれ違いざまに腹を薙いだってとこ」




 ふと、言葉を止めて空を見る。日本海側では珍しい雲一つない月夜。太平洋側ではどうってこともないだろうが、晴れの方が少数の裏日本の秋にここまで晴れると逆に不安になる。




 既視感。デジャヴ。そういった記憶の錯綜さくそうによって起こる現象は、おおよそ脳神経学によって説明出来る。言うまでもなく、超心理学だとか超能力などとの関連性はない。


 そしてこの既視感の原因は、文字通り目に見えていた。


 ジーンズに裾の短いコート。動きやすさだけを求めた服装に、小ぶりの刀をベルトに差してよたよたと歩いてくる。




 「おい……あれ、やばくね?」


 「うそ……」


 


 左右と礼の顔色が青い。腰が引けているが、足に力が入っていない。




 「まあまずいな。なにしてんだ左右。礼連れて逃げて通報しろよ」


 「お前はどうすんだよ!」




 怒鳴り声も低く押さえている。刃物を持った狂人を前にして、ここまで出来れば大したものだ。


 だが堂馬は知っている。あれが以前戦ったものと同種の存在ならば、常人の足で逃げ切ることは不可能だ。




 「どうにか叩きのめす」


 「馬鹿言わないでよ!素手でどうするのよ」


 「何度も言わせるな!行け!!」




 実のところ強い言い方をすることの少ない堂馬の一喝を受けて、ようやく腹を決めた左右が礼の手を引く。礼は一瞬振り向くが、すぐに走り出した。


 茶番だな。と堂馬は苦笑する。だが良い友人だ。そして、やはりあの男は自分に用があるようだ。


 2人が見えなくなるのを待っていたかのように、男が動いた。




 「それで?まさか丸腰相手に決闘とは行かないと思うんだが?」




 男が口を開いた。だが話は出来そうにない。


 


 「お……まえ……お嬢さん、に手……だした」


 「記憶にございませんね。その上てめえは棚上げかい。面識はないが、ぶちのめす理由には十分だな」




 殺気が高まる。両者の間、約9m。剣の間合いには遠い。


 だが。




 ふらふらと揺れていた男の体が、止まった。影も同じく止まり、消えた。


 堂馬の懐に男が出現する。先の妖刀以上の機動力。すでに抜かれていた脇差しが胸元目掛けて打ち出された。


 人外の速度。反射神経では抗しえぬ動きには、如何なる武術といえども意味をなさない。




 だが、切っ先は糸一つ断つことなく空を切った。反射では為すすべもない。反射ならば。




 「阿呆が、おとといから見えてんだよ」




 驚異の身体能力。人外の動き。全て見ていた。既視感デジャヴ。脳神経の起こす記憶の神秘。


 来ると分かっているのなら、人は銃弾だってよけられる。動きを予測出来る上にタイミングまで教えてくれるなら、当たらぬが道理。


 失敗を悟り、胴に狙いを変える。しかしおつむの方は能力向上の恩恵外らしい。完全に据え物である。


 右手で相手の右手首の逆を取り、胸に引き寄せる。ごきり、と肘の外れる音。これには驚いた。極めるだけのはずが一瞬で折れた。技の切れが段違いに上がっている。大の男が泣き叫ぶ苦痛。


 男は無視して左手で脇差しを取ろうと動く。


 流れに逆らわず、沿うように右腕を引き、がら空きになった後頭部に拳の底面、遠心力を加えた鉄槌を振り下ろした。




 気合いや根性ではない。神経のパスを衝撃で遮断。顔から落ちた。


 














 路面が血で染まり始めたが、死んではいないはずだ。腕を引いてある程度勢いを殺してある。


 もぎ取った脇差しを見る。


 


 "殺セ、キレ、チヲ"




 何も聞こえない。当然である。剣は喋らない。


 幕末の人切り曰わく、一度の死合は数十年の稽古にも勝る。あの夕暮れの死闘は堂馬の実力を高みへと導いていたのだ。


 筋力の異常なレベルアップは、まあ術理の理解を深め、なんかいい感じになればそういうこともある。堂馬は納得した。




 しかし疲れた。一週間たたずして2連戦である。けたたましいサイレンの音。パトロール中のパトカーが急行したのであろう。


 事情聴取か。カツ丼はでるのか?


 浮かんだ疑問はそれであった。


 ぐう、と、胃袋が恨めしげに鳴いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る