番外 鱗のひとりごと
やあやあ。ちょっと聞いておくれよ。誰かと話したい気分なんだ。
え? 僕?
僕は彼の鱗だよ。
君も彼の話が聞きたいんじゃないかと思ってね?
だって、彼ときたら、肝心なことはちっとも口にしやしないんだもの。こっちとしてはハラハラドキドキしちゃうってもんさ。
信じるか信じないかは君に任せるよ。僕ができるのは、せいぜいこうして君に夢を見せることくらいだからね。
ん? そうだよ? これは夢だから、だから、安心して話を聞いてくれると嬉しいな。
今夜は……そうだな。とりあえず彼らの出会いから。いろんなことがあったけど、出会わなくては始まらないからね。
あれは、もうずうっと昔。
え? どのくらい昔かって? ずうっと昔さ。この星がほとんど凍って寒かった時より昔だからね。細かいことまでは聞かないで。僕はただの一枚の鱗だよ? どのくらい昔かはあんまり関係ないしね。
まあ、ともかく。
この星にやってきて、彼は海というものにとても馴染んだ。
海の中には様々な生き物がいて、姿も形もそりゃあ面白かった。大きなものから目に見えないような小さなものまで、角を生やしたり、とげとげだったり、骨がなくてぐにゃぐにゃだったり、ほとんど水分のプルプルだったり。
そんな有様だったから、彼もすんなりと受け入れられた。イルカやクジラの祖先たちは、仲間だと勘違いしたやつもいたものさ。
彼は海の中の世界が変わるほどの力は振るわなかった。時々、気まぐれに手を貸したりもしたけれど、この星のルールは守っていた。とはいえ、彼はこの星ではお客扱いだ。けして仲間になることはない。
楽しく過ごしているようでも、時々寂しかったんだと思うよ。
ある日、海の真ん中の小島で、彼は空を見上げていた。
海の中にいる『
海の中だけでなく、他にもシステムがあることに興味を持ったようだった。
そうしてあちこちで空を見上げるうちに、彼は翼をもつ生き物と対面した。腹立たしいことに、やつらは彼を見つけたとたん、彼をつつき始めた。キラキラと光を反射させる鱗が、やつらの好物に見えたとか言って!
僕なんかは絶対嘘だと思ってるんだけど、お喋りなあいつらの言葉を彼は信じたのか、それともそれもシステムの一部だと理解したのか、海の中と同じように紳士に振舞っていた。
紳士と言っても、生来嘘つきな彼のこと。口から出るのはだいたいがその場しのぎの言葉だったし、鳥たちが小魚を狙っていると知った時は、嘘の漁場を教えたりね。ほら、彼は海のみんなを好いていたから。鳥たちを嫌いだったんじゃないよ? その証拠に、彼が鳥たちを傷つけたりすることはなかったもの。
それなのにやつらときたら!
ピーチクパーチク、お喋りが過ぎる!
噂はあっという間に広がって、彼を見かけるとつついたり、蹴ったりする鳥が増えたんだ。
まあね。でも、気にするほどでもなかった。
彼はほとんどを海の中で過ごしてたし、大きな陸地に近づかなければ、やつらと顔を合わせることも少なかったから。
それが、ある日、彼が南の小島で空を見上げていると、キラキラした光が降りてきたんだ。
水の中に差し込む淡く柔らかい光よりはもう少し明るく、肌を焼き尽くそうとする太陽の光よりは優しい光だ。
それが目の前まで降りてくると、淡く微笑んだ。
彼が見たことのない、君たちのような姿に翼をもつそいつは、ずいぶんと美しく見えたらしい。すっかり呆けて見惚れていたもの。僕たちは翼を映した瞬間に警戒したのだけれど、もし、あいつが悪者だったら、あっという間にやられていただろうね。
ポカンとする彼に、そいつは話しかけてきた。
「やあ。君も見学? この星は長いの? 僕は少し飽きてきたところなんだ。よかったら、遊ばない?」
彼らはすぐにお互いがこの星のものではないと解ったそうだ。
そいつは空の上から彼を見つけて、彼も、『
似たような境遇だったから、姿かたちは違っても、意外と気は合っていたように思う。
え? 境遇?
どちらも彼らの属するグループでは少し変わりものと言われていて、自分たちが掌握しきれないところのあるこの星に面白がって住み着いたところ、とか?
彼の親族や友人は、水に覆われて陸地もない星に散っていったからね。
初めは二、三、話すくらいだった。
そのうち南の小島は待ち合わせ場所になって、彼らはゲームを始めた。綺麗な彼は意外と好戦的でね。手加減しなくてもいい相手だと思われたらしい。
彼はね、ちょっと戸惑っていたよ。
綺麗な顔に傷をつけたくないとか、翼に怪我を負わせたら飛べなくなるかもしれないとか……だから、直接的な攻撃のあるゲームでは彼が負けることが多かった。
実際はね、彼の方が強いのさ。でも、手加減してるとわかるとあいつは怒るから、その塩梅には苦労してたな。口では挑発的なことも言うし、そっけなく扱うこともあったけど、あいつが空から降りてくるのを彼も楽しみにしてたに違いない。
知的なゲームもあったし、彼らの代わりに海のものと空のものの代表を競わせることもあった。
まあ、それで海の生き物と鳥たちの仲はすっかり悪くなっちゃったんだけど。
一番むかつくのはハーピーどもさ。
やつらは綺麗な彼の親衛隊みたいに振舞ってて、綺麗な彼とうちの彼が仲良くなるのが気に入らなかったようだ。
醜いだの、臭いだの、嘘つき――は、まあ、あんまり言い訳できないけど――そりゃあもう、酷い扱いさ。
力の差は歴然としてるから、彼は相手にしてないんだけど、それをまた弱虫となじったり……綺麗な彼は知ってか知らずか、あんまり強く干渉しないしね。ああ、うん。そうだね。彼もそのことについては特にどうこうなかったと思う。
それなのに、目の敵にされてさ。
だいたい、どこを見てるんだろうね?
僕たちはこんなに綺麗なのに。きっと嫉妬してるに違いないよね!
……だけど、彼はだんだん自分の見かけを気に病むようになった。
そうというのも、人が増えてきて、彼の姿を見た者が怯えたりパニックに陥ったりすることが増えたからだ。彼は何をしたわけでもないのにね。
水に映る自分の姿に小石を投げたり、綺麗な彼の傍に近づかないようにしてた時期もあった。綺麗な彼は気付いてないのか、まったく意に介さずやってきてたけど。
ハーピーたちの悪口を気にしてるのか訊かれて、彼は「気にしてない」って答えたよ。確かに悪口は気にしてなかったけどさ、綺麗な彼の質問の意図を解っていながら歪めて返すんだもの。僕がハラハラするの、わかるだろう?
綺麗な彼が「最後のゲームにしよう」って持ち掛けてきた時も、表面上は興味なさそうに承諾したんだけど、僕らには彼が落ち込んでるのが手に取るようにわかったよ。
僕だってね、勝手に近づいてきて、さんざん相手をさせたのに、彼のことも飽きたっていうのかと、ちょっと怒ってた。
……まあ、なんか、違ったみたいだから、そこはちょっと僕も反省してるけど、紛らわしいよね!
え? 実際、綺麗な彼は何を考えてたのかって?
さあ。そこまでは、僕じゃわからないな。
君みたいに、訊けば答えただろうに、彼は訊きたがらなかったからね。
まったく。見かけとは違って、臆病で優しいんだよ! 悪魔なんてとんでもない!
うん。うん。よろしい。君がわかっているなら、まあ、いいさ。
おっと。彼が様子を見に来たようだ。僕は黙るよ。ちょうど話もキリがいい。
また話したくなったら夢で逢おう。彼にはナイショにしてくれよ。僕を取り上げられたくなければね。
ふふ。じゃあね。おやすみ。
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