最終話 強引で、奥手
翌日 10月15日日曜日、午前9時18分
アラームとは無関係に目が覚めた弥生は、体を起こしてカレンダーを見た
そのカレンダーの今日の日付に、赤いサインペンで大きく丸がつけられている
(賭けに、勝った…?)
紗奈と雪菜にメールを送るか迷い、それより先にやるべきことがあると思い直して布団から出た
マンションの頃に使っていたベッドは輸送の手間から破棄し、今は床に敷いた布団に寝ている
(…夜斗は、私を拒否しなかった。今日、契約結婚になった)
正確には約九時間前に契約結婚になり、夫婦として公的に認められたことになる
書類上も、事実上も夫婦。そのことが弥生をひどく高揚させた
(…けど…本当に、夜斗にとってよかったのかはわからない。だから感情を表に出さないように、冷静でいないと…)
そうはいっても興奮が冷めるわけもなく、また布団に倒れ込んでゴロゴロと転がり始めた
(…よし。そろそろ夜斗が起きるはず。心拍数が増加した。私も、そろそろ起きて朝食を作らないと)
落ち着いたわけではないのだが、普段通りに過ごさなくてはバレてしまうかもしれない
それでなくても、夜斗には「眼」がある
(…今日は…炒飯にしようかな)
簡単に見えて何かと手間がかかるのが炒飯だ
味の調整はもちろん、下処理次第ではパラパラ具合が変わってくる
軽く鼻歌を歌いながら燃え盛るコンロの前で鍋を振った
「ふぁ…おはよ…」
「…おはよう。顔洗ってきたら?」
「そうするかな…。あーまだ眠い…」
日曜日の朝ということもあり、かなり眠たげな夜斗
実際には遠足前日の小学生よろしく、楽しみで寝られなかっただけなのだが
(…寝起きの夜斗、いい)
もはや隠す気がないのかというくらいに笑みを浮かべる弥生
しかし、夜斗が洗面所から戻ってくると同時に無表情に戻っていた
「今日は…炒飯か。弥生の炒飯は素晴らしいパラパラ加減だからな」
「…褒めても炒飯しか出ないけど」
「十分だ。流石に朝から量は求めんよ」
また欠伸をしながらダイニングテーブルに向かう夜斗
顔を洗っても尚眠いのか、フラフラと体が揺れている
朝食を摂れば多少マシになるのが常だ
(…夜斗、いつもと変わらなすぎる。あまり意識されて無い…?)
あまりに通常運転な夜斗を見て訝しむ
強いて言うならいつもより三十分ほど起床が遅い程度だ
(寝不足みたいだけど…。嫌すぎて寝れなかった…?)
見当外れな思考をしているうちに炒飯が完成し、それを夜斗の前まで運ぶ
そして2人で朝食を摂り、食べ終わるまでを夜斗に眺められるのも慣れていた
(…契約結婚の記事でも見てようかな)
朝食後にはティータイムがある
最近では夜斗に合わせて紅茶を飲むようにしており、専用の茶菓子すら作れるようになっていた
「5年か。長いようで、短かったな」
「そう。感慨深い?」
無表情のまま話を進める弥生
どうやら夜斗も反応を伺っているようだ
(…夜斗。契約結婚したこと、後悔してない?)
届くはずのない問いかけをして黙る弥生
会話は進んでいき、飽きるまでと言っていたはずの契約結婚を楽しんでいる自分がいることに気付く
「するのか?」
「場合による」
結婚式についての話題
夜斗も弥生も、本音を言えばやりたいのだ
しかし相手は利害関係だと思ってるはずだとやるのを諦めている
それでも、いつかきっと愛を伝えるという覚悟だけは持って接すると決めた
(…私は、貴方に飽きることはない。この一生を、貴方に捧げる。だから、愛して。夜斗)
あくびを噛み殺す夜斗に目を向ける
弥生の目にはハートマークさえ浮かんでいるようにも見えた
「私は明日、職場で公表するけど夜斗は?」
「一応上司には伝えるさ。同僚は勝手に聞き耳立ててるだろうし、祝儀目的じゃねぇから適当に流す」
「なるほど。なら、緋月霊斗からは祝儀回収しておいて。個人名義で二人分入れてるから」
「そうだな。じゃあ、あいつの家行ってくる」
小さく笑った弥生は、親友の元へと向かう夜斗の背を眺め、小さく手を振った
Chocolate Days さむがりなひと @mukyo
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