第43話

ダイニングテーブルに両肘をつき、組んだ手に顎を乗せる夜斗

大画面に映された洶者が眠そうに目を擦る



「…眠いなら寝ておけ」


【否。私は、主に話がある】


「…なんだ」



沈黙を破ったのは夜斗だった

しかし用があるのは洶者のほうらしい

顔を上げて洶者を見ると、至極真面目そうな顔で夜斗を見ている



【問。主はこのままどうするの?別れる?】


「…可能なら別れたくないと思っている。けど、弥生は契約結婚になるのを嫌がっていた」


【是。それについて問答する気はないけど、主自身はどうなりたいのかを聞きたい】


「それは…」



別れてしまえば弥生に合わせて設計したキッチンを持て余すことになる

似た体格の恋人を探し、結婚すれば使うこともあるだろう

しかし問題はそんなことではなかった



「無論、契約結婚になるのを夢見ている。契約結婚でなくてもいい、ただ弥生と共に生き共に死ねれば…」


【なら、取るべき行動は1つ】


「…わかってはいる。頭で理解していても、行動できるとは限らない。人間はそういうものだ」


【是。確かにそう。しかしやらなければ後悔するのもまた人間】



ここ数年の間に進化した洶者は、人より人のことを知っている

そのためか、夜斗の思考の先を行く発言をすることが多くなっていた



「…簡単なことだ。後悔こそするかもしれんが、契約結婚まで待てば良い。嫌ならその前に拒否してくるはずだ」


【否。もしかしたら、無理して耐えるかもしれない】


「そんときはまた、「眼」を使う」



最近は弥生に対して「眼」を使うことが減っていた

使わなくても意図が読めるときが増えた、ということでもある



「…それに、仮に双方考えることが同じなら…。いや、ないこと考えても仕方ないな。洶者、もし俺になにかあったら霊斗に連絡しろ。弥生のファンが押しかけてこないとも限らん」


【了。…必要?主、前にナイフを持った相手に徒手格闘で対抗してた気がするけど…】


「歳には勝てんだろ。最近試してないけど」


【……そこまで歳取ってないような…】



東部商業高校にて、弥生は割と人気者だった

寡黙な美少女というのはそれだけでも人を呼び寄せてしまう

そのためか、契約結婚秒読みという夜斗を妬むものもいる

ここ数週間は来ていないが、2ヶ月ほど前には道行く夜斗を襲ってきた者がいたのだ



「ま、それはそれだ。また来たら、今度は手伝ってもらうぞ」


【了。情報戦は得意】




笑みを浮かべる洶者に若干の恐怖を感じながら机に突っ伏す夜斗

そんな夜斗を家中につけられた監視カメラのうち1つから覗き見しながら、洶者はスリープモードへと突入した






数日後。静岡城跡公園、夜間



「それなりに覚悟はしたようだな、夜斗」


「時雨…。なんでここにいるんだ」



入社してからは1度も会うことがなかった社長こと時雨に見つかり、ため息をつく夜斗



「色を視ればわかる。色々とな」


「…だろうな」



夜斗と同じ「眼」を持つと自称する時雨

つまりはやれることも夜斗と同じであり、この眼に入る数多の色の中から1つの色を探すこともできるのだろう



「…時雨の伝手に、ブライダルリングの店はあるか?」


「ほほぅ?そこまでの覚悟を決めたというのか。伝手ならいくらでもあるぞ」


「紹介してくれ」


「よいのか?断られたらどうするつもりだ?」


「…そん時考える。今考えるのはやめた。俺にやれることは今までの俺を信じることだけだ」



会わない期間に何があったのか、と訝しく思いながらも笑みを浮かべる

その目に宿る色は、ただの色ではないと理解した



「なるほどな。よかろう。ついてくるがいい」


「…こんな時間にやってんのか?」


「叩き起こすさ。それがこの私、黒桜時雨だ」



そう言って電話をかける時雨

どうやら本当に叩き起こすつもりらしい

その行動力だけは、夜斗も見習いたいと思わなくもないのだが



(良く言えば天真爛漫、悪く言えば破天荒。自己中心的でありながら、その裏には人の為に動こうとする本質がある。俺は、いい上司に恵まれたな)



そう思いながら笑い、歩き出した時雨の後をついていく



「ここだ」


「…本当にここかよ」



連れて行かれたのは雑居ビルの地下

倉庫のような場所に秘められた店には、夜斗の知らない女がいた



「…その子が例の?」


「うむ。まず紹介しよう。八城が担任していた生徒であり、八城や久遠たちが懇意にしている者だ」


「えっと…冬風夜斗、っす」


「へぇ〜!君が夜斗君か!」



興味を持ったのか駆け寄り、全身をくまなく見始める

否、見ているというよりは匂いを嗅いでいるらしい



「私は月読つくよみ恋歌れんか。ここで指輪作ったりネックレス作ったりしてるの」


「私の友人…というより幼馴染とも言えるだろう。八城からすれば元クラスメイト、久遠からすれば仕事仲間だ」


「…仕事仲間?FBIの?」



久遠の主な仕事はアメリカ本土で起きた事件への対応のはずであり、夜斗が知る限り他の仕事はしていない

なにか隠し事か?と怪しむ夜斗を見て笑う恋歌



「あっはは、面白い子だね。裏切られた、みたいな匂いしてる」


「…匂い…?」


「うむ。恋歌は、私たちと同じく前世返りを持つ。作る指輪やネックレスは護符やアミュレットと呼ばれるものに近しい効果を持っているのだ」



護符は要するに御守りに近い

が、明確に分けるとすれば効果が保障されているかいないか

つまり指輪やネックレスに、そういった守る力が込められているということになる



「…効果は」


「基本的には厄災除けと開運だね。あとはまぁお任せかな?言われれば何でも」


「…いくらかかってもいい。最高のものを」


「おっけー。理由は聞かないよ、私の力を見せるために安くしてあげる。100万でどう?」


「構わん。それで頼む」



ニッと笑い、夜斗と時雨を追い出した恋歌

すぐに部屋から機械音など様々な音が聞こえ始めた



「…あの人、知ってる気がするな」


「そうであろうな。元は巫女だったという話だ。死神の伴侶として育てられたが、死神が消えたことで役目を果たしたことになり殺された不遇な娘だよ」


「……あの子か」



駅前へと戻る中でそんな話をしながら喧騒を進む

気付けば元の公園に戻っていた



「1週間折を見るといい」


「…わかった。予定は再来週だ」


「そうか。否…あえて聞かぬ。代金については…」


「受け取りのときに払うさ。金はある」



遺産をすべて家に使ったわけではない

多少、契約結婚になった場合の予備費として残してある

故に、それを使えばいいだけのことだ



「こんな時間か。では、また会おう夜斗」


「…送るか?」


「ふふっ、随分とたくましくなったものだ。私を力で屈服させるものがいるのなら、貴様では敵わぬ。それに、それほどの力を持つものなら手籠めにされるのも悪くない」


「そうかよ…。じゃあ、またな」


「うむ」



その場を離れる時雨

瞬きをしたその瞬間、時雨の姿は消えていた

いつもそうなのだ。現れる時も、いなくなる時も唐突

まさに神出鬼没を具現化したかのような存在

そして容姿は中学生の頃から、一切変わっていない



(…不老不死、か。眉唾だと笑うのは簡単だが、実際見てしまっては…な)



空を見上げて手を伸ばす

星に手が届くことは、ない

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る