第42話
時が経ち、8月末
特にやることもなく、多少余った時間を持て余した弥生
「やぁ」
「…桜坂兄」
「久しぶりだね。上手くやれてる?」
「…知っての通り」
「あれ、なんで張り込んでたの知ってるの?」
「…別に。紗奈ほどじゃないけど、耳はいいから。多分夜斗も気づいてる」
「夜斗にはバレてるとは思ってたけど、まさか君にもバレるなんて。私もまだまだだね」
家の外の階段に座っていた久遠が立ち上がり、クルッと体を半回転させて弥生を見た
「嬉しそうだね」
「…そう?」
「けど、寂しそうでもある。本音は隠してもいいことないよ?」
「…知ってるの?」
自分の感情を見抜いているのかと問いかける弥生
久遠は笑顔を見せるだけで答えない。が、それだけで察した
「そう…。とはいえ、私は夜斗と利害関係を結んだに過ぎない。5年を過ごしたのも、飽きるまでという話で飽きなかっただけ」
「そうかなぁ」
「それは違うわ」
弥生がバッと振り返ると、ドアを開けて出てきたのは莉琉だった
久遠から技術を教わったのか、最近では音を消して接近してることが多く対処が難しくなっている
「…何が言いたいの」
「5年も一緒にいてわからないのかしら。夜斗は感情を表に出せない。出さないわけじゃないわ」
「…それは、勘づいてるけど…。感情を出せないだけで、嫌われてるかもしれないと考えたら…気持ちも隠してしまう」
「そ。私は、隠しきれてるように思えないけど?」
弥生が今回の誕生日プレゼントとして受け取ったネックレスに目を向ける莉琉
「これの意味をわかってるとは思えない。けど、あり得るかもと期待してしまってるのは事実。私だって、感情が薄いとはいえ若い女だから」
夜斗はかつて雪菜からもらったネックレスの意味をわかっていなかった
今回もさして考えていないのだろう。それでも、その「意味」を期待してしまうのは仕方のないことだ
実際莉琉も、八城からもらったときには同じことを考えたのだから
「伝えようとしなければ伝わんないよ。夜斗は特に、「眼」に頼る癖があるからね。君みたいに見づらい人のことはもう見てないかもしれない」
「…「眼」すら使われなくなったのなら、もう私に気がないということ。それなら逆に諦めがつく」
「諦めがつくとは思えないわよ?ねぇ、時雨」
呼ばれて出てきた白髪の少女(?)が闇の奥から姿を見せた
赤い瞳を弥生に向けて不服そうな顔をしている
「…黒桜時雨」
「覚えていたか」
「…夜斗の周りにいる女の人は覚えてる。貴女の妹…深雪のことも、佐久間…アイリス…そして九条奏音。全員、脅威でしかない」
徐々に声が消えていく
それほど自信をなくしてしまったのだろうか
「全く…。私はあくまで夜斗の上に立つ者だ。そういった感情は持ち合わせていない。深雪も、既に恋情を告白したと見て間違いないだろう」
「…貴女に何が…」
「わかるさ。私も、夜斗と同じ「眼」を持っている。故に、貴様の考えを読むのは容易い」
その事実はこの場にいる誰もが知らないことだった
そもそも時雨は八城の幼馴染であって、久遠たちとの面識こそあれどさして話す仲ではない
弥生とも、多少会えば話す程度で自分のことを事細かに話すほど仲が良いとは認識していない
最も信頼してる者にしか話さない主義である時雨が唯一話したのは夜斗だ
「今自分の主義を曲げよう。貴様らには話しておく」
「…」
「私たちが持つ「眼」は、相手への興味によって見える色合いが変わる。興味がなければ単純な2色…つまりは性格と個性を見るだけだが、興味が強くなればなるほど細かなグラデーションになるのだ。つまり、より細分化して視ることができる」
「けどそれは、見れるだけでわかるわけじゃない…だよね?」
「うむ。仮に赤から青へのグラデーションを見たとて、それが何を示すのかがわかるわけではない。それは経験で区分しなければならぬ。ただ、夜斗は今まで人に興味を持たなかった。だから今貴様を見たとて、感情は読めていないだろう」
「……待って。その理論だと、夜斗が私に興味を示してるように聞こえる」
「そう言ったが?」
狐につままれたような顔をして思考を回す弥生
回転が早いはずの弥生ですら、処理がままならないほどの混乱
久遠と莉琉はそれを知っていたため対して驚いていないようだが
「そうだな…試しに、このまま待ってみたらどうだ」
「待つ…?何を…」
「夜斗が同棲を解消するっていうかどうか、でしょ?」
「うむ。もし言い出したのなら、私の負けだ。言い値で商品券でも贈るとしよう。しかし言い出さなければ、夜斗をプライベートで1日借りる」
「…っ!勝っても負けても、利がない」
「ふむ…金では釣られぬか」
「時雨は弥生ちゃんを甘く見過ぎなのよ。ならこうしましょ。ダメだったら、久遠が首を絶つわ」
「なんで私!?」
「…なんで桜坂」
驚きの叫びを上げる久遠
それはそうだろう。いきなり自分の首を差し出されたのだから
「それくらいするわよね?久遠」
「ま、まぁ…正直それくらい賭けれるよ。どう?」
「…そこまで言うなら、私は気を使わない。私からは絶対に言わないから」
「また命懸けになったなぁ…。今オフなのに…」
久遠が余裕のある顔で笑う
莉琉と時雨は結末を悟り、クスッと笑って立ち去った
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