第38話

弥生の部屋に入り指を鳴らす

壁面から跳ね返ってくる音に集中して聞いてみたところ、確かに洶者が言っていた位置に穴が開けられている

正確には見えるような位置にはなかったが



「弥生、この鏡はいつからある?」


「今更…?入居からずっとあるけど…」


「…なるほどな」



おもむろに鏡を外し、元々つけられてた位置の横に立てかけた

そこに開けられていたのは、直径3センチほどの穴

そしてその向こうには、カメラのレンズらしきものがある



「…夜斗?」


「…弥生、少し俺の部屋にきてくれ。話がある」


「わかった」



部屋着のまま布団から出てきた弥生を、カメラから隠す位置取りで部屋から出す

そして鏡を外したことで繋がった隣の部屋の叫び声に向けて歯ぎしりをした



「この俺を怒らせたこと、後悔させてやる」



赤く輝く眼が穴を睨みつけた






「マジックミラー?」


「ああ。あの鏡は向こう側からなら見れるようになっていて、そこに穴があった。その穴からカメラを通して盗撮し、そういう趣向の人間に映像を売りつけるという商売をしてたらしい。って洶者が言ってた」


「…確かに隣の家の人が外に出るのを見た記憶がない。投資家かと思ってたけど、私の映像を売却して利益を得ていたの…?」


「今のところは売却されてはいないらしい。洶者が止めてくれてた」



インターネットの遮断、と洶者は簡単に言ったが実際やるとなるとそう簡単な話ではない

物理的にやるとすればその部屋につながるケーブルを断ち切り、部屋を電波を遮る物質で覆うのが簡単にできる方法だが…



【告。私が取ったのは、契約者がその男の名前になっているインターネットを契約者リストから削除するということ。つまり、未契約状態にした。厳密に言えば止めたのは私じゃない】


「それをやってのけたのはすごいけどな」


「うん…。危うく、知らない人に裸体を見せることになってた」


「お前部屋で服脱がねぇだろ。下着と部屋着は俺の部屋に置いてるじゃねぇか」



というのも弥生はここ数年夜斗と共に寝ている

そのため、自室に置いてあったとしても手間が増えるだけであり、風呂に入ったあとはそのまま夜斗の部屋で服を着ているのだ

ちなみにそんな弥生でも下着だけは脱衣所に持ち込んでいる



【そのため、撮られた映像は微々たるもの。例えばこういうの】



洶者が片手間に表示したのは暗闇の中で布団に包まる弥生だ

この日は夜斗が出張で東京に行っていたため自室で寝ていたらしい



「…っ!」


「なんだ?布団の中でモゾモゾしてるが…。あ、動かなくなった。何してたんだこれ?」


「し、知らない」


「知らないって、お前の行動だろ」


「夜斗が知る必要はないの!」


「アッハイ」



圧に負けた夜斗を笑う洶者。どうにも最近は人間らしさが急加速しており、これも浮気になるのかと悩んでいた



【主、家の話】


「ああそうだな」


「なに…?家建てるの?」


「そういうことだ。もう計画は殆ど終わっていて、もうちょいしたらやり始める気だった。家もそうだけどガレージ欲しいしな」


「…そういえば、今は野ざらしだっけ…」


「屋根の下ではあるけどな。カバーかけてるし」



久遠たちからもらったバイクはマンション用の駐輪場に停められており、そこには間に合わせ程度の屋根がある

しかしそれだけではちょっとの風で雨を被るため、専用のカバーをかけているのだ

それでも、ガレージが欲しくなるのはバイクを持つものなら当然の思考である



「そういうことだ。元々はもっとあとにやるつもりだったんだがな」


【告。これが完成予想図。戸建てなのにガレージは外】


「やめろや。金ないんだから」


「…ローン組めば?」


「通らんわ俺の歳で1000万クラスのローンは」



尚1度審査には出したのだが落ちたらしい



【告。ガレージを1階につけるためには、現在の予算では1281万円程度足りていない】


「そうなの?」


「ああ。だから安い外置きのガレージを買う」


「……なら、私が貸す」


「…え?」



想定外の話に言葉を失う夜斗…と、洶者



「親の遺産があるから、貸すことは可能。同棲生活が終わるときに、改めて返済について話し合う」


「…俺はいいが、弥生的にどうなんだそれ」


「構わない。必要なときに投資しないと、あとでやっぱりこうしておけばってなるから。だから貸してあげる」


【告。そうなれば、可能といえば可能。決定権は主にある】


「…それなら、とりあえず俺と弥生の共同名義にしよう。契約結婚準備期間として書類は通せる」


「…それお金貸すのとなにか違うの?」



契約結婚準備期間とは、同棲開始から5年間のことを示す

契約結婚準備期間に共同名義で購入したものは、契約結婚になるとき、夫婦共有名義に変更される

弥生も、制度としては知っていた。なんなら車はそれを利用している



「これをやった場合、もし契約結婚が成立しなかった時は事前に取り決めた金額を政府直営のローンにできるんだ。金利はない」


「…つまり、私が家を出ていくときに政府が私名義分を建て替えてくれるってこと?」


「そういうことだ」



本来は予め名義を分割しておき、時が来たら夫婦共有名義に自動変更するという制度だ

が、契約結婚に至らなかった場合はどちらかが出ていき、共同名義が外れ個人名義となる

そうなった場合、出ていった方が支払った金額を国が一時的に負担して残った方に政府のローンを組ませることで円満に終わらせることができるのだ



「…なるほど。別れたときに政府が組ませるローン…契約結婚破綻ローンは審査がない。だから若い人がそれを利用してるって聞いたけど」


「やれるならやるさ」


「それで構わない。1500万は出せるから、好きに使って」


「マジでありがとうございます…」



1階にガレージという夢を叶えることができる

そのままの勢いで最敬礼にて礼を言う夜斗

洶者が少し笑い、設計変更の依頼をかけた


部屋を出ていった2人を眺めてクスッと笑った洶者

先程自分が流した映像の音声を聞きながら、誰にも聞こえない音で呟いた



【…破綻ローンが必要になるとは思えないけど】



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