第37話

有休と退職が受理されたため、2ヶ月ほど暇になった夜斗

無理をして学校に行こうとする弥生を引き止めて面倒を見ることにした

その間に時雨と連絡を取り、2ヶ月後から働く手配を済ませておくのを忘れない



「…夜斗、仕事は?」


「辞めた。別の会社に入ることが決まってる」


「そう。早い」


「旧友からの紹介でな、就職先は決まってたんだ。弥生のメンタルケアついでに有休取って、そのまま辞める。引き継ぐことは何も無いから、しばらくしたら私物を回収しに行ってくるが」


「…しばらくは、居てくれるの?」


「そうだな。不服だろうが、このまま置いていくのも気持ち的によくない」


「そう。ありがと」



親を亡くしたショックは、夜斗も記憶に新しい

それも両親同時に、となれば余計にだ



「ま、今まで家事を押し付けてた分をやるさ」


「…別に家事くらいできる」


「どうだかな。ここ数日包丁握ったまま固まってたことあったろ。洗剤持ったままフリーズしてたり、部屋で突然泣きだして俺が駆けつけたこともあったな」


「む…忘れて」


「ったく、たまには頼れよ。それに今の俺何もしなかったらほぼニートだからな?人として終わるだろ」


「まぁ…働ける体で働かずに家にいるという点ではそうかも」


「だろ?だからちょっとは動くんだよ。やらせたくなきゃ、俺を納得させる色を出すんだな」


「色を出す…って」


「どうやるかは知らんぞ。俺は見れるだけでどうやってその色を紡いでるかまではわからん」



文句は聞かんと言わんばかりの態度で弥生を宥め、ベッドに座る弥生を置いて部屋の外へと出た



「始めるとするか。少しは感覚が戻ってきたところだ」



少し笑い、洗濯物に目を向けた

量だけなら大したことはない。しかし弥生はかつて、下着等を見られたくないと言った



(エコーロケーション、発動)



指を鳴らし、跳ね返ってきた音を聞いて物の配置を認識する

アイマスクを付けて見えなくした上で、音だけを頼りに洗濯を始めた




数時間後。家事を全て終わらせた夜斗は、自室のパソコンで眠たげな洶者に目を向けた



「眠そうだな」


【…是。ここ数日、スリープモードになっていない】


「なにしてんだ?面白いコンテンツでもラーニングしてたか?」


【否。隣接する号室のインターネットを妨害していた。パソコンをハッキングしてスマホ含む端末及び記録装置にデータを転送できないように細工したり】


「嫌がらせか?やめてやれよ」



有り余る演算力を持て余し、遊ぶのは洶者が最近趣味として行うことだ

しかしそれが他者の迷惑となるならそれを諌めるのは夜斗の役目だろう



【否。必要悪】


「どういうことだ?」


【解。主が住む807号室は角部屋だから、東側に部屋はない。けど西側の806号室にはある男が住んでいる】



洶者が画面に表示させたのは、防犯カメラ映像を切り抜いたと思われる画像だ

金髪のいわゆるチャラ男と呼ばれそうな男が、街中で女に声をかけているのが映っている


「それがなんだ?」


【解。この男は、ダークウェブで映像を売却して利益を得る商人。集めた映像データがパソコンに保存されているため、それを持ち出せないようにした】


「…もったいぶるな。早く言えよ」


【了。橘弥生が寝泊まりする部屋の西側壁面。左下頂点を起点とするXが最大1080、Yが最大720とした時、485.300の地点に穴が開けられている】


「穴…?」


【是。その穴には小型カメラが設置されており、隣接する部屋のパソコンに接続されている】


「まさか…」



一瞬で洶者の言うことを理解し、それを元に洶者がやったことの理由を突き止めた



【是。806号室住人は、橘弥生及び805号室の若い女性を盗撮している。また、それを売却しようとしたところを私が止めた。褒めてくれて良い】


「…すごいな、よくやった。…そうか、隣か」


【告。死体の隠し場所として適しているのは人里離れた場所と一般に定義されている。過去の事例では焼却後に――】


「まだ殺らんわ。…まあしかし、対策の立てようがないがな」



机を指で叩きながら思考を回す

自覚できるほど怒りの熱があるものの冷静である



「…洶者。お前に任せていた例の件はどうなっている?」


【解。大詰めと言える。あとは発注かければ、半年程度で完成】


「わかった。予算の都合上、大したものはないが」


【…せっかく戸建て買うのに、ガレージが外付け…】


「言うな。金がそんなにないんだから仕方ないだろ。俺かて本音を言えば1階にガレージ欲しかったわ」



夜斗が洶者に頼んでいたのは、自分の家を建てる計画だ

程よく時間が経過し、あと一年を切った同棲生活

それが終わる直前に告白をしようとしている

そしてそれがうまくいけば、戸建てで悠々と新婚生活をしよう…という計画なのだ



【尚、プロポーズが失敗した場合事故物件】


「やめろや。とにかく、それを早めることにする。弥生に話したらすぐ発注位の気持ちでいろ」


【了。関係会社に連絡する準備をしておく】



最近の家というものはとにかく完成が早い

いわゆるツーバイフォーという、工場で作り現地で組み立てる方式の家は特に早く、半年もせずに完成するのだ



「弥生を呼ぶ。証拠映像を手配しておけ」


【了】



洶者が開いた画面で文字列が流れ出したのを確認して夜斗は弥生の元へと向かった

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