第35話
「弥生」
「夜斗…」
病室の前で項垂れる弥生の手を引いて中へ入る
ベッドに横たわっているのは弥生の父だ
両親が事故にあったあの日の記憶がフラッシュバックする
(…この人は、親父じゃない。親父はあの時死んだ。気負うな。強く在れ…!)
目を閉じ、自分を奮い立たせて弥生の背を軽く押す
そして、平静を装い無理にいつもの声を出した
「弥生」
「ん…」
父親の横へと駆け寄る弥生を見てごく僅かにため息をつく
と同時に、夜暮が部屋に駆け込んできた
「夜斗!」
「…なんだよ」
「少しいいか」
「ああ」
2人にしてやろうという気もあり夜暮に従い部屋の外へ出る
が、それ以上に焦り散らす夜暮を落ち着かせようという思惑があった
「どうした」
「…言いづらいんだが、橘さんの妻が運び込まれた」
「…は?」
「病院目の前の駐車場内で撥ねられたんだ。緊急搬送したが、頭部を強く打っている」
夜暮が夜斗から目をそらした
つまりそれは、言葉通りの意味ではない
ニュースなどで使われる隠語、というものだ
「…治療不可か」
「ああ。…どう伝えたものか…」
「普通に言うしかないだろ。隠せることじゃない」
その隠語は、頭部が原型を留めておらず即死したことを示す
運び込まれたというのも、あくまで遺体がということだ
「…そうだけどよ」
「言い難いなら俺が言う。決めろ」
「…いい。橘さんの主治医は、俺だ」
「わかった。…俺は俺の役目を果たすかな」
アイリス印の端末を取り出し洶者を呼び出す
表示されたアバターが眠たげに目を擦った
「聞いていたか?」
【是。対応は難しい】
「わかってる。弥生はおそらく動けなくなるから、兄弟関係を調べろ。いなけりゃいないでいいが、いるなら呼べ」
【解。それくらいなら調べてある。親兄弟は既に死亡しており、家族はその子しかいなかった】
「さすがだな」
スリープモードに戻るように伝えて病室に戻る
夜暮もあとから入り、弥生に気づかれないよう気をつけながら人工呼吸器の電源を遮断した
「21時18分、死亡を確認」
「…うん」
「橘さん、言いづらいのですが…お母様が先程、病院前駐車場内にて黒い車に撥ねられ、死亡が確認されました」
「………え?」
「夜斗、バックアップは任せる。俺は…まだ、やることがある」
立ち尽くす弥生を置いて夜斗に声をかけて立ち去る夜暮
病室のドアが閉まるのと同時に、弥生がその場に倒れそうになった
「弥生!」
「夜斗…。わた、し…1人になっちゃった…」
泣きじゃくる弥生の背を撫でながら落ち着くまで付き添うことを決めた
しかし親の死に目でそんなすぐに落ち着くことはない
泣き疲れて夜斗の腕の中で眠るまでそのまま弥生を抱きしめていた
弥生を別のベッドに寝かせ布団をかける
夜暮が呼んできた人々によって遺体が病室から運び出され、あの日のように霊安室へと運び込まれた
「夜斗」
「おう」
「…任せていいんだな」
「ああ。夜暮は?」
「…患者は他にもいる。1つの場所に留まるわけにはいかん」
「だろうな。ひとまず弥生を近くのホテルに運ぶが」
「それがいいだろう」
深夜、人気のない廊下を弥生の温もりを感じながら歩く
廊下の電灯は遮断されており、夜斗の靴先につけられたライトだけが頼りだ
(…俺は、元々両親共に死ぬことを覚悟して病院に行った。だから何とか耐えた)
あの日を思い出しながらエレベーターに乗り込む
他の機械は動かないが、エレベーターだけは動かしてくれたらしい
(けど弥生は、父親だけのつもりで来た。なのに不慮の事故で両親を失った。そのショックは俺に測れるものじゃない)
涙を残したまま小さな寝息を立てる弥生を見る
夢の中では両親と話しているのだろうか。そんな寝言を小さく言った
(……支えてもらったんだ。やられたらやり返さねばな)
助手席に弥生を降ろし、座席を倒す
近くのホテルとはいっても少し距離があるため、ゆっくりと車を発進させた
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