第32話
車で移動したそこでは私服を着た弥生が男に絡まれていた
到着には5分程度しかかかっていないため、状況は良くも悪くも変わっていない
(この程度で済んで良かったというべきか。ブースト)
人間の脳が無意識にかけているリミッターを一部意識的に外す
拳を握り、それを叩きつけるその瞬間だけに限定すれば反動も少ない
が、ある人物が割り込みそれは必要なくなった
「全く…。物騒だな、貴様は…」
「
白い髪を振り乱しながら細い腕で男3人を昏睡させてみせた少女が、腕を組んで仁王立ちしている
その人物は八城の元クラスメイトであり、深雪の姉でもある
「貴様の力で殴れば人が死ぬ。と、何度も警告したはずだが?」
「そうだとしても、弥生を助けるためなら必要悪だ」
「弥生…?そうか、この者が貴様の同棲相手か」
怖がるように夜斗の背後に隠れる弥生を見て笑う
「そうか、私の妹はこの子に負けたのだな」
「いや別に弥生を好きだからフッたわけじゃねぇし…。深雪はまだ良い友達でいてくれてるぞ。なにかと相談乗ってくれるし」
あんたと違って、という言葉を飲み込んで反応を伺う
わざとらしく肩をすくめた時雨は、夜斗に隠れた弥生に目を向けた
「
「まぁたしかにないな。つか何でここにいんのお前」
「…仕事だ。今私は探偵業をしており、依頼を受けてここにいる」
隠れていたところから出てきた弥生が時雨を頭の天辺から爪の先まで観察した
そして1つの場所に視線を合わせ、勝ち誇ったように薄ら笑う
「…何故だろう。夜斗に貧乳とバカにされたあの日の感情が今ここに蘇った」
「いだい!俺何もしてなくね!?」
「…私は、橘弥生。夜斗の同棲相手…だけど、利害関係」
「ふむ…?まさか生活費の負担軽減とかか」
「なくはねぇけど飽きるまで同居するって契約なんだよ。な?」
「うん。一応」
何かを察したのかニヤニヤ笑う時雨
赤い瞳が夜斗と弥生を往復した
「夜斗も随分と成長したものだ。こんな少女を手籠めにしたというのか」
「してねぇ」「されてない!」
「息ぴったりではないか…。それでいてよく否定できるものだ…」
たまたま声が被ってお互いに見つめ合い、すぐ視線を外した
そしてまた時雨がニヤニヤし始める
「ほほぅ…?小娘、夜斗を堕としたか。やりおるな。今までに夜斗が堕ちた女などいたかどうか…」
「そうなの?」「まだ堕ちてねぇわ!」
「また息があったな…。もはやそのまま契約結婚してしまえ」
どこか不満げな時雨が急に真面目な顔つきとなり、周囲を見回した
「時雨…?」
「ちょうどいい。夜斗、この辺りで違和感のあるところはあるか?」
「違和感…。ああ、なんかあの辺りだけ色が濃いな。タバコ吸ってるときの親父を数倍濃くした感じだ」
「…ふむ、なるほど。実は今警視庁からの依頼でな、薬物取引の調査にきておるのだ。礼を言うぞ」
「お、おう…。殺すなよー…?」
夜斗の最後の声を聞かずに走っていった時雨
物陰から何かを確認したあと、無線機を操作して何かを伝えている
数分で警察が到着し、時雨が確認した何かを抑えに走った
「…あいつのカリスマは本当にすげぇな」
「…胸ないのにカリスマはある」
「本人の前で言うなよ…?被害を受けるのは俺だから」
「………」
「え、無言になるのやめてくんね?怖いんだが」
「これ以上ライバルが増えると面倒だから」
「ライバル?なんかあんの?」
「わからないならいい。助けてくれてありがとう」
「ああ。…あれ、この時間に外出てるの珍しいな」
「お昼だから、外食。今戻るところ」
「そ、そうか。午後も頑張れ」
「うん」
さっそうと立ち去る弥生の背を見て首を傾げる
ライバルとはなんなのか、と
「終わったぞ」
「うぉい!?なんで背後に現れるだあんたは」
「理由はない。さて、場所を移そう」
「えぇ…面倒だからいえ行きますゴメンナサイ」
「わかればいい」
固められた手刀を見て意見をころっと変えた夜斗
この手刀のせいで何度三途の川を見たことか…
「どこへ行くんだ?」
「ひとまず昼食だ。私が奢ろう」
「やったぜ。さすが歳上」
「…あまり他の女に言ってやるなよ、そんな言葉…」
「なんで?」
「女性は年齢を気にするからだ。かくいう私も、気にしないわけではない。もう20代後半だ」
「まだ若いだろ。そんなピッチピチの肌しやがって…」
時雨の白い肌はかつてと変わらずツルツルしている
試しに触れてみると、スベスベもしていた
「っ!?急に触れるなバカモノ!」
「いった!何すんだ!」
「こっちのセリフだたわけめ!」
叩かれた頬を擦りながら先を行く時雨を追いかける
そして連れて行かれたのは静岡駅の南側にある完全個室の料亭だ
「なにここ…」
「たまには良いものを食らうと良い。同棲してるとはいえ、大した食事はなかろう?利害関係ごときで食事を作る女などいないからな。特に胸がある女は」
「弥生のことか。つか胸のこと僻む時期はもう十年前に終わ痛い!」
「何度擦れば気が済むのだ貴様は!?」
またしても叩かれた頬が痛む
今日どころかこの数十分で4度目になってしまった
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