第31話
それから約2年が経過し、弥生は専門学校を卒業した
夜斗は両親を亡くしたショックから立ち直り、日常生活を送るのに支障がない程度まで回復した…のだが
「夜斗」
「今日もか…そうすか…」
弥生はあの日以降、何かと理由をつけて夜斗と寝るようになっていた
夜斗もさして不満ではない…どころかウェルカムなため、拒むことなく受け入れている
「もう4年経つんだな」
「…うん。飽きた?」
「いや。まだしばらく飽きそうにない」
「なら、まだ続ける。ギリギリまで」
言外に自分も飽きてないと伝えて目を閉じる弥生
10分ほどで眠りについた弥生の髪を撫でながら夜斗は考えていた
(このまま、結婚になるのも悪くない)
幸か不幸か、両親が遺した金がある
給料も、転勤のあと本当に増えた
その気になれば養うことも可能だ
(…弥生は、そう思ってないだろう)
夜斗にとっての最たる問題はそれだ
自分はこのまま契約結婚になれば都合がいい
契約結婚が締結されると国から補助金が入るのは高校生の頃に莉琉が講習会で言っていた
そしてその補助金は、契約結婚締結から5年以内に離婚すると返済の必要が生じることも
(…契約結婚になれば、その返済金が枷になる。俺はそうなってくれれば都合がいい。その枷が弥生を縛る間に、好かれれば良いわけだ)
今できていない(と思っている)ことがその間にできるのだろうか
という疑問が脳裏に浮かんだが、都合の悪い思考を遮断して腕の中にある幸せを少し強く抱きしめる
今ではこの時間が最も幸せな時間だ
(…その前に解消することになるだろう。それまで俺は…)
ゆっくりと微睡みに身を任せる
この心地よい眠りは、あと何回訪れるのだろうか
そう思いながら
翌日。珍しく平日の有休を勝ち取った夜斗は、弥生を仕事に送り出して布団へと潜った
まだ寝足りないため、二度寝をキメようとしているのだ
「…寝れんわ。まずい、弥生が隣にいないと寝れない体になってしまった…」
仮に睡眠薬を飲んでも弥生がいなければ寝ることができず、逆にエナジードリンクやカフェイン錠剤を飲もうが隣に弥生がいれば快眠することができる
どうやらここ2年で体質さえ変えられてしまったらしい
「…墓参り行くかなぁ」
とはいえまだ朝早すぎるため出るのは昼以降にすることを決め、多少家事をやろうと立ち上がる
が、弥生は夜斗より早く起きて全てを終わらせていたらしく、やることは何もなかった
「完璧過ぎる…!」
良妻として完成しつつある弥生に敬意を称しながらも、それが逆に危機感を与えてくる
他の男にとっても、弥生は良い女になりつつあるということなのだから
「まずいな。今のところ俺を好きになってくれる未来が見えないぞ」
掃除が行き届いていないところをやろうと、姑のように見て回ったが全てチリ一つなく片付けられている
むしろ焦燥感を掻き立てる結果となってしまった
「本格的にまずいな…。もはや弥生の欠点がなくなってしまったぞ」
そう考えると初期は酷かった
料理もレシピを見ずにいきなりアレンジしようとしたり、洗濯機に洗剤まるごと一本入れようとしたり、掃除機を使えず箒を買いに行こうとしたりしていたのだ
今では全ての家事が完璧すぎて、むしろ夜斗が弥生に注意されている
「…終わったなこれ」
昼までの時間を潰すため、自室にてパソコンで遊ぶことにした夜斗
緊急通報装置のアラートを受け取るために起動したままになっているため、すぐに使うことができる
「…さて、と。起きろ、
机の上に置かれたもう1台のパソコンが、小さなファンの音と共にスリープモードから復帰する
そして、2枚目のモニターに表示された少女のアバターが目を擦り、待機状態へ移行した
【告。現時刻、午前10時28分58秒。DLP-01洶者、スリープモードから復帰】
「洶者、お前最近またなんかラーニングしただろ」
【否。そんなことしてない。ちょべりばー】
「してるじゃん!しかもめちゃくちゃ古いスラングだし!」
【否。この時代のスラングに関しては初期から登録されてる。開発者のセンス】
「アイリスのセンスがまたわかんなくなった…」
アイリスから受け継いだこの会話型AI洶者は起動している間に会話を学習し、より人間らしい会話ができるようになっていく
学習能力が高いため、すでにヒトとして完成しつつあった
「スリープモードでもラーニングしてんの?」
【是。ある程度は、SNSアカウント運用に伴いラーニングしてる。最近のトレンドは女体画像を作成し、反応を伺うこと】
「それも遥か昔からあるっつの。なんでこんなロクでないことばっかラーニングすんだこいつ…」
【尚、開発者の趣味をやってみただけだったり】
「アイリスそんなことしてんの!?」
【否。冗談】
「ほんと成長がめざましいわ…」
心底呆れながらも会話を続ける
渡されたばかりの頃は質問に答える程度の機能しかなかったが、今は思考を元に会話することもできてしまう
何なら感情を持ってるのではないかと疑うレベルだ
【告。緊急通報装置二型より緊急通報を受託。座標情報を展開。周囲の状況を監視カメラより診断中……誤作動ではなく強い意思を持って作動した模様。出動を提案】
「二型…弥生か。その付近の施設は?」
【解。静岡市新静岡駅が最寄り】
「了解、っと。洶者、子機にて対話を続行する。随伴し、対策を講じろ」
【了】
アラートの信号は洶者が受け取ることもできるようになった
そして、洶者が起きているときは常時起動のパソコンのアラームが鳴らないため心臓に優しい
落ち着いてぶっきらぼうに言ってるように見えて内心かなり焦っている夜斗は、車の鍵を忘れて外に飛び出し洶者に止められてまた家に戻った
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