第29話
「親父!」
「夜斗君、よくきたね。座るといい」
ベッドに寝かせられている父と母を見て絶句した
機械を接続されてなんとか生き延びている、といった様子だ
もはや希望がないことが素人である夜斗にもわかる
「親父…母さん…」
「…事故の原因は、トラックの居眠り運転だそうだよ。今警察が連れて行ったところだ」
「2人は、どうなんすか…?」
「……強いていうなら、君たちが辛うじて間に合った…というところかな」
予想通り、両親は今際だった
相当な勢いで突っ込まれたらしく、所持品はほぼ血塗れで飛散していたという
「…こんな形で会うのは望んでなかったんだけどね。当直の医師は別件対応中だから許してほしい」
「…!漣…」
姿を見せたのは漣だった
「…私は嘘を言いたくない。君がきたからには伝えよう」
「夜斗君がくるまで言わないと言われてしまってね…」
「…親父は…母さんは、どういう状態なんだ」
「全身複雑骨折・腰椎全損・脳機能障害。これが共通の症状だよ。続けてお父上の方だけど、折れた肋骨が心臓に突き刺さっていた。人工心肺装置でなんとか生きているけど、治るような損傷じゃない」
「そん、な…。治らないって、なんで…」
「…なんとか救急車がくるまては持ち堪えたけど、救出のためフレームから引き離したら出血が止まらなくなった。止血処理と蘇生が行われ、ようやく持ち直したけど…ね」
言いづらそうにしながらも、淡々と事務的に説明をする漣
紗奈は膝から崩れ落ちてしまい、煉河の支えがなければそのまま倒れてしまいそうだ
「お母様の方だけど、一部の臓器がズタズタになってる。おそらく車体に圧迫され続けたことで負荷に耐えられなかったんだね。トラックの運転手が通報してから近くを走っていた救急車が到着するまで5分から10分程度だったけど、相当な圧力だったはずだよ」
この場にいる人の中で、事故状況の写真を見たのは漣だけだ
よほど壮絶だったのか、思い出しただけで震えてしまうらしい
「…あとは、君の判断だよ」
「…なにが…」
「正直、治療は困難を極める。40代の肉体が手術に耐えられるかわからないほど、大掛かりなものになるんだよ。治ったとしても確実に障害が残る。…医者が提示したのは、延命措置を取るか取らないか」
「…見殺しにしろ、って…そう言ってんのか」
「そうは言ってないよ。決めるのは君だ」
漣は見ていられなくなったのか、夜斗の両親から目を離してそう告げた
両手で自身を抱きしめるようにして声を振り絞っている
そんな漣から目をそらし、両親を見た。両親が放つ色は、ない
「…死なせてやってくれ」
「おにい、さま…?」
「苦しませたくはない。俺を育てる間、充分苦しんだはずだ。肉体的に苦しむくらいなら、天国で2人仲良くやってくれたほうがいいだろ…」
「…お兄様…。私、も…そう思います。叔父様は…」
「…同意だよ」
夜斗の判断に親族全員が同意する形で、延命措置を停止することが決まった
機械を止めるために医者が来ることになったが、数分かかるらしく親子4人最後に過ごすこととなった
「…親父、母さん。悪い、俺は…2人を見殺しにするしか、なかった」
「…お兄様だけではありません。私も、です」
「できれば生きてて欲しかった。まだ、話したいこともあるのに…。もっと、素直に接してればよかったな」
無理やり涙を抑え込んで、紗奈の肩を抱き寄せる
夜斗の胸の中で涙を流す紗奈に視線を下ろし、すぐ両親を見た
「…答えられるなら、答えてくれ。この判断は間違ってるのか?間違ってるなら、今からでも延命措置を継続する。生きたいと、思うか?」
夜斗の問いかけに2人は何も応えない
意識はあるが体が動かないのだ
それでも、夜斗は病室の床に膝をついて視線を合わせる
色を見るために、「眼」を使おうと1度目を閉じた
「…なぁ」
目を開き問いかける
すると、父親が静かに首を横に振った
母親もまた同様に
「…そうか。本当に、ごめん」
「あや、まる…な」
「…!親父!?」
「…2人で、死ねるなら…本望だよ…」
「お母さん…」
相当無理をしているのだろう。なんとか話そうと、声を出した
痛みからか、目元にシワが寄っている
「よる、と…。父さん、は…幸せだ。母さんも、いて…お前も、紗奈も…いる。お前たちは…元気に、育った…」
「もっと、話したかった…けど、1つだけ…言うね」
「…ああ」
「「ありが、とう」」
「…こちらこそ、今まで世話になった。ありがとう。また、天国で…これからのことを話すよ」
「…今まで、ありがとうございました…。これを伝えられただけ、よかったです…」
2人が小さく。本当にごく僅かに笑い、ちょうど医者が到着した
「…親父、母さん。俺は…いい息子だったのか?」
「無論、だ。自慢の、子どもたち…だよ」
「もち、ろん。最高の、家族…だから」
紗奈が泣き崩れ、夜斗がそれに合わせて崩れ落ちる
夜斗自身が耐えきれなくなってしまったのだ
目まぐるしく周囲の色が変わっていく
両親と夜斗、紗奈の4人から滲み出す色がゆっくりと混ざり、鮮やかな色を作った
「それでは…」
「…お願いします」
医者が2人に麻酔薬を打ち、眠らせる
そして延命のための機械の電源を切った
十数分後
「…ご臨終です」
「…本当に今まで、ありがとう」
「ありがとう、ございました…」
死ぬ直前まで動いているのは聴覚だ、とされている
最後に2人に聞かせるべきは泣き声ではない。そう考え、夜斗と紗奈はもう1度今までの感謝を伝えた
2人の遺体は霊安室に運び込まれた
煉河に車を任せて紗奈と弥生を家まで送らせ、夜斗は叔父と今後のことを打ち合わせる
「…喪主は、どうしますか」
「…普通なら、夜斗君だね。無理そうなら代わるよ」
「…やります。最後くらい、見送ってやらないと」
「日程は、任せるよ」
「転勤が決まってて3月はバタバタすると思います。明後日通夜、その翌日葬式をしましょう。ご都合いかがですか?」
「予定は空けるよ。…気に病むのもわかるけど、気負いすぎないようにね。トラックの運転手と会社は訴えよう」
「それは後にしましょう。今は、2人をあの世へ送るのが先です」
「本当に、良い息子を持ったね。私の弟は」
そこからは飛ぶように時間が流れた
各方面への連絡を即日済ませ、葬儀屋を申し込む
希望日程で通夜と葬式を行い、その翌日には遺品整理を始めた
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