第26話
未成年による酒無しのどんちゃん騒ぎが終わり、疲れて眠りに入った紗奈を自室へ運び込み毛布をかける夜斗
煉河に霊斗と雪菜を送るよう頼み送り出した
「…いい刺激になったことは確かだ」
不意に自覚した自身の感情に「眼」を向ける
それは、霊斗や煉河がもつモノと同じ色をしていた
そしてその色は、弥生に向けられていることもこの「眼」には映ってしまう
「…まさか、俺が人を好きになることがあるとはな」
紗奈の頭を撫でながら呟く
その声は弥生に届くことはない。そうわかっているからこそ、言葉にした
「…紗奈には、もうバレてるんだろう。感情を隠すことに長けた俺だが、紗奈を騙すことはいつもできない」
自身のベッドであどけない寝顔を見せる紗奈から目を逸らす
「弥生が持つ「耳」は、俺の「眼」とは違う。人の状態を見て音に変換する共感覚だと言っていた。色を見て嘘じゃないことはわかってる。だから、バレることはないだろう」
あくまで希望的観測でしかないが、確信を持っていた
しかしそれでも、弥生にバレるのは時間の問題。だが…
「それも、あと1ヶ月もない。2週間後には終わる話だ。それまでバレなければ、互いに面倒な想いはしなくて済む」
ベッドから降りてパソコン前に置かれた椅子に腰を下ろした
リクライニングを倒し、足置きを展開する
「…新鮮だ。俺は人知れず弥生に恋をして、人知れず失恋する。人知れず心に傷を負い、また誰かに恋をするのだろう」
目を閉じて体から力を抜く
アドレナリンのせいか寝ることができず、数分で体を起こしベランダに出た
(納得できない。このまま終わるのを黙ってみてられるほど、俺は自己犠牲に富んでいないんだ)
ベランダは弥生の部屋のベランダとも繋がっており、かなり広い
洗濯物を干すときにはかなり便利だ
「…弥生」
「あ…夜斗」
ベランダには弥生がいて、手すりにもたれかかりながら空を見上げていた
弥生もあの騒ぎのあと寝れなくなってしまったのだろう。いつもなら既に寝ていることを、夜斗は知っている
「楽しんでもらえたか?」
「うん。今までにない経験だった。ありがとう」
「そう言ってもらえりゃ多少救われるぜ」
弥生が差し出してきたのはカップに入れられた紅茶だ
何故持っているのかはわからないがそれを受け取り、少し口をつける
「良い腕だ」
「ありがとう。寝れないなら、カモミールティーが合うから」
「お前が飲むやつじゃないのか?これ」
「夜斗も起きてくるかと思って、2つ持ってきてた。起きてこなかったら2つ飲めばいいだけだし」
そう言って両手でコップを持ち、口元へ運ぶ
その動作から目を離せない。理由がわかりきっているため、無理やり空へと視線を移した
「ほぅ。今夜は月が綺麗だな」
「っ!?」
「…なんだ?俺なんかおかしいこと言ったか?」
「けほっ…。知らないなら別にいい。月が綺麗に見えるのは事実だし」
「よくわからんやつだな。まぁいい」
飲み終えたカップを、ベランダに置かれたハイテーブルに置いてまた外に目を向けた
地面に落ちた星を見て感傷に浸るのも悪くない。そう思いながら
「…あと、2週間」
「…!そう、だな。もう1年経つのか」
思考を読まれたかと身構え、わざとらしく誤魔化す
「…夜斗」
「ああ」
「私は、貴方と暮らす前は世界に色がなかった。全てが黒と白で造られた世界を、ただ言われたとおりに生きてきた」
「そんな話もしてたな」
「今は、世界に色がある。貴方のおかげで、世界に未練ができた」
「未練…?」
その言葉を聞いて弥生に目を向ける
その言葉は、大抵1つの覚悟を決めたものが口にする言葉だ
「私は、この1年が終わったら死ぬつもりだった。やることもなく、ただ生きるのは嫌だった」
「…止めはしないが、俺の前でやるなよ。止めれなかったことを後悔するのは嫌だからな」
「大丈夫、もう死ぬ気はない。やりたいことができたから」
「そら良いことだ。…寒そうだな、着てろ」
少し体が震え始めた弥生に、自分が着ていた上着を羽織らせる
代償に自分が寒くなってしまったが、少女に風邪を引かせるよりはマシだと自分を奮わせた
「ありがとう。本当に、退屈しない日々だった」
「それは…俺もそう思うよ。終わると思うと寂しいな」
「…あの日、私が言った言葉を覚えてる?」
「…顔合わせの時か。覚えてるぞ」
記憶を辿り、1年前に言われたことを思い出す
「1年が過ぎれば終わり、だろ」
「そう。けど私は、それを撤回する。契約結婚しない程度に、貴方と暮らしてみるのも悪くない。もちろん、無理にとは言わない」
渡りに船だった
それは夜斗も思っていたことだ
この感情に気づいた今、弥生を手放すのは得策とは言えない
というより、夜斗自身が手放したくないと感じた
「そうか」
「あと4年私のワガママに付き合ってほしい、と思ってる。この1年で得たものは、私の中でとてつもなく大きい。継続することでさらに大きくなると思う。だから…」
「構わんよ。俺とて人と暮らすことで、見えないことも見えるようになった。得るものがあったのは俺も同じだ」
精一杯の誤魔化しがバレるかどうかは、夜斗の演技次第だ
それが頭でわかっていながら、そんな余裕はない
だからこそ取り繕う。自分さえ騙して、あたかも本音であるかのように
「飽きたらやめりゃいい。飽きたならいつでも言え」
「…わかった。夜斗も、気を使わないで言って」
「ああ、そうさせてもらう」
「服、ありがと。私は寝るけど、夜斗は?」
「少し残るが、すぐ寝るさ。おやすみ、弥生」
「そう。おやすみ、夜斗」
部屋に戻った弥生は、上気したままの体でベッドにダイブした
布団に顔を埋めたまま、思考を回す
(…やっと、言えた。けどこれは、猶予を伸ばしたに過ぎない)
寝返りをうつように仰向けへと体勢を変え、まだ熱いままの額へ手の甲で触れた
(…熱い。風邪を引いたわけじゃないのは、わかってる。「音」からして紗奈が天津風に感じてるものと同じ感情。…そんなものじゃない。それの、倍はあるほど夜斗を…)
そこまで思考を回して途端に恥ずかしくなり、掛け布団の中へ入り顔を隠す
が、あまりの暑さに掛け布団を剥がした
(私は、夜斗を好き。でも夜斗は違う。あくまで、頼まれたから同棲を続けるに過ぎない。だから与えられた4年の猶予の中で、好きになってもらうしかない)
そう決意を固めて意識を落ち着ける
が、ほとぼりが冷めるのにかなりの時間を要した
その頃、夜斗の自室では
「お兄様」
「紗奈…起こしたか?」
「いえ。いつもより浅い眠りで、目が覚めてしまっただけです」
「ならいい」
またパソコン前の椅子で横になる
そんな夜斗を見て紗奈は嬉しそうに笑った
「なんだ」
「お兄様。自分の望みが意図せず叶った喜びが音に出てますよ」
「隠せるとは思ってなかったが、言わないでほしかったな」
「それは申し訳ありません。けど、同棲を続ける話はお兄様から言うのが筋だと思いますよ?」
「相手の思考が読めてりゃ俺から言うさ。けどあの感じでは、弥生はあくまで俺に利用価値があると判断しただけだろう。それがあると思われてる間に、好かれるしかない」
「そうですねー」
急に冷たくなった紗奈の声に驚きつつも目を閉じる
夜斗もまた、寝れそうにはない
「お兄様」
「…なんだ」
「もしその恋が上手く成就したその時には、私に熱いハグをしてくださいね」
「なんでだ」
「そういうのも一興ですから」
そう言って笑う紗奈に、自身も笑みを向けた
そこからしばらく紗奈と会話をするうちにほとぼりが冷め、ゆっくりと意識を手放していった
翌日。迎えに来た煉河に紗奈を引き渡し見送った
弥生に目を向けると、いつもとなんら変わらない様子で朝の家事をこなしている
最初こそバタバタしていたが、最近では流れを覚えたらしい
たどたどしくはあるが、形にはなってきた
「おはよう、弥生」
「おはよう夜斗。よく寝れた?」
「まーな。弥生はなんか眠たそうだな。寝れなかったか?」
「…っ!あ、あれだけ騒げば、寝れなくもなる」
「それもそうか。まぁそういう日もあったっていいだろ」
「否定しない。いい刺激になった。同居を続けるにあたり、次の1月は期待してて」
「…なんかやられそうで怖いな」
そう言いながらも夜斗は楽しげだ
弥生もどこか微笑んでいるように見える
「さて、弥生。まぁ飽きるまでという制約付きではあるが、まだ共に暮らすのだろう?」
「うん。どちらかが飽きたらそれで終わり。それまでは、お互いにお互いを利用する」
「それでいいさ。元がただの利害関係だったんだ。それが少し緩和されたと思えば、少しは気が楽だろう」
弥生が出してきた朝食を食卓に並べ、向かい合って座る
どちらも食べようとはしない。互いの顔を見ている
「まぁ、その…なんだ。改めてよろしくな」
「うん。よろしく」
夜斗は滅多に見れない弥生の笑顔を、はじめて正面から見ることができた
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