第23話
4月6日土曜日。夜斗はとある病院の裏にある、1台のエレベーターの前にいた
それは、とある部屋の目の前へと繋がる唯一のエレベーターだ
このエレベーターホールに来るまでにもセキュリティーゲートをいくつか経由しており、エレベーターもカードがなければ使えない
このカードは宣言通り、佐久間から提供されたものだ
「久しぶりだな、
「…誰?」
ポニーテールの少女が不審者を見るような眼で夜斗を見る
それもそうだろう。十年近く会っていなかった人物がいきなり部屋に来たのだから
「覚えてないのかお前。お前の兄の生徒だよ」
「………ああ!夜斗かい!?」
「覚えとるんかい。改めて、久しぶりだな」
「随分と久しぶりだねぇ…。十年ぶりくらいかな?まぁ座りたまえよ、お茶を出そう」
「ありがとさん」
形だけの応接セットのソファーに腰を下ろす
想定より柔らかく少しバランスを崩したが漣には気付かれなかったらしい
「よく私がここにいると知っていたね」
「八城に頼まれたんだよ。話し相手になってくれってな」
「それは嬉しいね。実はここでの私はただの名誉教授的なものでね、凄まじく暇なんだよ。自由に研究ができるのはいいことなんだけどね」
出してきたお茶葉を手際よく淹れ、夜斗の前に差し出す
夜斗はそれに口をつけて旨いと反応を返した
「それはよかった。今日は1日暇かい?」
「ああ。積もる話もあるだろうしな」
「そうだね。会わなかったこの期間の話を聞きたいよ。聞きだす前に私の話をしようか。中学校は君と同じだけど、高校は西部女子校に進学したんだよ。退屈だったけどね」
「頭良かったもんな、昔から」
「ありがとう。3年間特にやることもなかったから暇潰しに医学の論文出したらここにスカウトされてしまって、この部屋にいるだけでお金がもらえるという高待遇だよ。しかも大学にも名貸しのような形で所属してる。無出席でも年数で卒業できるらしいよ」
「すごいな。ここでは何してるんだ?」
「基本自由だからね。最近話題の病気の研究を少しやってるよ」
「話題の研究?」
「ああ」
漣が出してきた資料には「紫電病」というタイトルが振られていた
紙束を見る気にはなれず、それを手にとってすぐテーブルに置き直す
「これか?」
「紫電病と言ってね。人間がどうやって体を動かしてるか知ってるかい?」
「触りくらいはな。生体電気ってやつだろ?」
「そうだね。それの電圧が普通の人の数十万倍になってしまう、というのがこの病気だよ。治療法がないから、緩和するくらいできないかと思ってね」
「すごいことしてんな。やり始めたの今週頭だろ?」
「思いついたのが昨日だからまだ何もしてないよ。人間の脳は普段出力をかなり制限してるのは知ってる?」
「ああ」
「紫電病患者は、その制限状態で数万ボルトを叩き出すことがあるんだよ。国内でも稀だけどね」
「稀…なのか」
「近くだと沼津の市立病院だかに1人いたかな。この子は世界的にも稀で、10万ボルトの生体電気を持っているらしい」
「めちゃくちゃ実家からすぐそこじゃねぇか」
夜斗の実家から徒歩十分で着いてしまう
「一応その子も協力者だよ。代わりに、私が入院費を払ってる」
「こっちに呼ばないのか」
「その子はかつて電圧が低かった頃に今の病院に入院してる。今は移動させる手段がないよ。ヘリも救急車も壊れるからね」
そこまで話して思い立ったかのように手を打ち鳴らした
「と、私ばっか話してるね。夜斗の話を聞かせてよ」
「…面白い話じゃないけどな」
夜斗は今までのことを掻い摘んで話した
小学生時代の記憶を失ったことと、八城や莉琉たちのことだけ覚えていたこと
そして高校生になってからの話をした
誕生日翌日のことも含めて
「タラシだね」
「やめろ気にしてるんだから」
「しかも、連絡を断つとか言いながら結構持ってるじゃないか」
「思ったけど残すと宣言した以上引き下がれねぇんだよ」
「けど、それもまた道だよ。人生楽しんだもの勝ちだからね」
「…そうだな」
「さて、続きは今度にしようか。また私の話をするよ」
「ああ。再来週土曜日にくる」
「空けておくよ。今度は茶菓子を用意しておこう」
「茶菓子か。楽しみにしてるぞ」
「菓子を、か…」
肩をすくめる漣を半ば無視して部屋を出る
ここについたのは午前九時だったというのに、今はもう夕方6時だ
空腹状態で少しフラフラするが、家へ帰るためにバイクへと向かった
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