第20話
「やぁ夜斗」
「佐久間か…。お前近く引っ越すとか言ってなかったか?」
来客は留まらず、次に来たのは佐久間だった
佐久間の場合は生徒会員ということもあって普通に入ってきたのだが
「引っ越すことは引っ越すけど、まだ家が決まってないよ。無論、夜斗が来れる距離にするつもりだけどね」
「周到だな…。大学に通うんじゃなかったか?」
「一応ね。多少箔をつけておきたいのさ」
佐久間にはやりたいことがないらしく、適当に選んだ大学に進学が決まっている
そこは情報系の大学で、かつて夜斗が目指していた場所だ
「ところで夜斗。先程奏音とすれ違ったのだけど、様子がおかしかったようだ」
「色々あったんだよ、色々」
「大方想像はつくよ。フッたのだろう?」
「…まぁ、な」
気まずそうに目をそらす夜斗を見てクスッと笑う佐久間
雪菜は授業に行ってしまったため、横槍を入れて誤魔化してくれる人はいない
「ボクも実質フラレてるようなものだし、泣いても許されるかな?」
「お前が泣くのは想像できんな。泣けるなら泣いてみれば良い、録画してやる」
スマホを構える夜斗を微笑みながら見たあと、急に真面目な表情へと変わる
夜斗も空気を読み取ってか、真面目な顔つきになりスマホを机に置いた
「ボクは、諦めないつもりだよ。君が誰かと添い遂げるまで。いや、生涯ね」
「それは…」
「君が添い遂げた場合、無駄になるだろうね。嘲笑われるさ。けど、ボクはそんなボクを否定しない。むしろ誇りに思うだろうね」
「……」
「そして天国で君にもう一度言うよ。君を好きだ、と」
「…そうか」
「全く…ボクもとんでもないヒトを好きになったものだね」
肩をすくめながら乾いた笑みを漏らす佐久間
「それは否定しないでおこう」
「君を好きだという人は多すぎる。それに対して日本の現行法令は1人を選ばせるからね、残酷さ」
戸棚を開けて本を整理し始めた佐久間の肩は震えているように見える
夜斗の「眼」にはそれがわかりやすく見えてしまう
「けど、ボクにはわかるよ。君はボクを選ばない。奏音も。アイリスや神崎も君に選ばれることはない。この学校の生徒全て選ばないだろうね」
「…奏音も言ってたな、それ」
「解釈一致だね、珍しい。明日は大雨が降るよ」
「かもな。…天気予報的にも雨だな」
「おやこれは凄まじい偶然だね」
本を整理する手を止め、肩越しに夜斗を見る
恐怖とも捉えられるような色をしていた
「君は誰かを選び、他を切り捨てる必要がある。誰も選ばなかったら、それこそ呪われるよ」
「お前の口から呪いなんて言葉が出るほどか」
理系の代表格とまで言われる佐久間は、そうしたものを口に出すことがない
信じていないわけではなく、「科学的根拠で証明されない限り【ない】とは言わない」主義だ
それでも自分の目で見たことがない以上、不確定なことを言わないという性格をしている
「ないと言ったことはないけどね。ともかく、選べる君が誰を選ぶのか興味があるのは事実だ。ボクじゃなくても祝うさ」
「…そんときにならないとわからん」
「だろうね。さて、これはせめてもの好感度稼ぎだよ。誕生日おめでとう」
振り返りながら佐久間が夜斗に投げたのはまたしても包装された小包だ
中から出てきたのはチェーンでできたブレスレット
「ブレスレットを贈ることには束縛の意味があるとされるけど、ボクは君を束縛したいわけじゃあない。あくまで、ボクを忘れないようにする措置だよ。ま、しばらくは月宮家のお陰で忘れられずに済みそうだけどね」
八城が夜斗に依頼した漣に会うという役目
それを利用して会えるように企んだ佐久間
その企み自体を責めることはしない
「…佐久間。珍しく泣いてるのか」
「…誤魔化せてると思ったんだけどね。ボクも、多少人間らしい側面があったようだよ」
震える声を無理やり押さえつけて気丈に振る舞うが、夜斗には簡単にバレてしまう
そうわかっていても、隠そうとするのが乙女心なのか
「慰めはせんぞ。覚悟を決めたものへの慰めは侮辱だと思っているからな」
「君は昔からそういうヒトだったね。それは構わないさ。けど、少し…1度だけ、その目と耳を塞いでほしいね」
「…いいだろう」
そうは言いつつも目を閉じることはしない
耳を手で塞ぐこともせず、両腕を広げた
その広げられた腕の中に佐久間が飛び込み、今までに聞いたことのない悲痛な声で涙を流す
「ありがとう。さて、そういえばアイリスが呼んでいたよ。旧校舎3階化学実験室にいるはずだ」
「…行くか、仕方ない。なんでこないねんあいつ…」
「ボクがここにいるからね。聞かれたくないこともあるだろうさ。いってらっしゃい」
「…それは、戻ってこいってことか?」
「無論だよ。君の今の役目はボクの補佐だからね」
生徒会として夜斗が受けている庶務の仕事は主に書紀の補佐だ
つまり、佐久間の手助けをすることにある
「わーったよ」
ドアを開けて廊下へと出た夜斗の背を見て、またクスッと笑う
歩いていく足音がほとんど聞こえなくなったのを確認してから、呟いた
「ほんっと、昔から変わりませんね。マスター?」
佐久間はいたずらっぽく笑い、パソコンを起動した
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