第19話

翌日月曜日。東部工業高校生徒会室



「先輩、プレゼント喜んでいただけました?」


「ああ。よく覚えてたな、俺がアクセサリー持ってないの」


「それもありますけど、他にも意味があるんですよ?」


「そうなのか」


「まぁ理系の夜斗先輩には難しい話だったかもしれませんね…。ところで今日は会議も何もなかったと思いますが?」



この時期の3年生に登校義務はない

正確には就職もしくは進学が決まっている3年生には、だが

それもあってか佐久間も生徒会室に姿が見えない



「まぁ…奏音かのんに呼ばれて、な…」


九条くじょう先輩が…?嫌な予感がしますね」


「だから生徒会室に逃げ込んだんだよ。ここならセキュリティーキーカードないと入れないからな」


「あー…。たしかにそうですね」



ここに限らず全ての教室は各生徒に配られたICカードを用いて鍵を開ける

生徒会室は生徒会員がもつICカードでしか開けることができないのだ

そして常時解にするためには教師によるセキュリティ操作が必要になるため、基本的に1人1人がカードを認証させることになる



「というか、呼ばれたのに行かないんですか?」


「…どうせ、放っといても来る」


「…まぁ、たしかに…」



ため息をつくのとほぼ同時に、生徒会室のドアが勢いよく開かれた

ドアの前に立っていたのは話題の渦中にいる人物だ



「…奏音、八城に無理を言うのをやめろ」


「それは無理な話ね。私が呼び出したのに生徒会室で引きこもってるのが悪いのよ」


「ぐぅの音も出んな」



どうやら奏音は八城に頼み込んでセキュリティを解除させたらしく、常時解モードになっていたようだ

常時解モードのとき、生徒会室のドアは外部の人間に対して無力となる



「何の用だよ」


「あら、昨日が夜斗の誕生日よね?愛を込めてプレゼントを持ってきたわ」



自信満々に奏音が取り出したのは紙袋だ

取り出したというより後ろ手に持っていただけだが



「…クーリングオフ効くかなぁ」


「無理だと思います」


「無理よ」


「でっすよねー。今年はどんな特級呪物だろうか…」


「失礼ね。高校最後の年にそんなことしないわよ」


「どの口が言うんだ」


「この口よ」



そう言って奏音が指さしたのは自分の口だ

歩み寄ってその口の端を掴み外側へと広げる夜斗



「どの口だって?」


「いひゃいわよ!けどそういう愛の形もあるわよね!」


「こいつ何しても喜ぶんだけど」


「いっそ無視したほうが良いのでは?」


「こいつの中だとご褒美です」


「じゃあ無理です諦めてください」



渾身のドヤ顔をする奏音を無視して紙袋を開封する

中から出てきたのは小箱だ。無地なのがむしろ恐怖を煽る



「…雪菜、一応救急車準備してくれ」


「かしこまりました。倒れた瞬間通報します」


「そんな危険物入れてないわよ、今年は」


「今年はって、そもそも去年ヤバかったんだからな」



去年の誕生日に渡されたのは奏音が手編みしたマフラーだった

が、紗奈による音解析の結果一部に髪が使用されていることが発覚し、即時返却された

ちなみにその後マトモなマフラーが贈与されている



「あれはまさに呪物でしたね。あれをつけてたら首がしまってたかもしれません」


「洒落にならん…。今年はなんだろうか」



小箱を取り出し、充分な警戒を保ったまま開ける

心做しか雪菜が距離をおいている気がした



「…ネクタイピン?」


「そうよ。まだスーツ買ってないかと思って何かその関係のもの買おうと思ったのよ。ネクタイピンくらいなら学生でも値段的に買えるのよね」


「すごくマトモ…。雪菜」


「特に違和感はありません。いえ、まともなものであることが違和感です」


「ちょくちょく失礼ね貴女。前から思ってたけど」


「日頃の行いだ」



開けた小箱の中に鎮座していたのは白銀に輝くネクタイピンだった

デザインは夜斗が好きな桜の花びらが小さくあしらわれた無難なもので、どこか儚げにも見える



「…マジでまともやん。どうした?」


「3月でわたしたちは卒業して、それぞれの道に行くわ。その中で夜斗と再会できる機会も、ないかもしれない。けどそれを見れば夜斗が私を思い出すだろうし、最後くらい華やかに散りたいのよ」


「…九条先輩が、夜斗先輩を諦めるんですか?」



奏音は高校入学直後から夜斗を好み、追いかけていた

1年後に雪菜が夜斗といるようになってからも、その勢いは留まることを知らなかった

だというのに、今の物言いはまるで夜斗を諦めるとでも言いたげだ



「…そうね。女の勘、っていうのかしら。夜斗には今後二度と現れないほど好きな子ができる。そんな気がするの。けどそれは私でも、佐久間でも、まして貴女でもないわ」


「…言ってくれますね」


「諦めるわけじゃないわ。けど、3月がすぎれば一旦お別れ。また会ったとき、お互いに好きなら付き合うのも悪くないわ」


「…まるで今俺がお前を好きだ、とでも言いたげだな」


「そこまで傲慢なことは言わないけど、忘れられない女になれたと自負してるわよ?」



ウインクをして夜斗を見る

ため息を付いた雪菜が、椅子に座ってパソコンの電源を入れた



「…ま、それは事実だな。たしかに3月で一度別れ、また会ったときに俺がお前を求める可能性もある」


「私としてはそれを期待してるわ。けど、もし会ったときに夜斗に好きな人がいたら、潔く諦めるつもりよ」


「…そうか」


「九条先輩にとっては初の失恋ですね」



奏音は今まで恋をした経験がない

されたことはあっても全て断ってきた中で夜斗を狙ったのだ。当然夜斗を恨むものもいた

しかし嫌がらせをしても跳ね返す夜斗の胆力に気をそがれ、今ではもはや夜斗に手を出すものはいない



「そうなるわね。じゃあね、夜斗。次会うのはいつかしら」


「…少なくとも卒業式だ。その後は…知らん。神のみぞ知る結末だろう」


「ふふっ、そうね」



笑顔で手を振り、立ち去る奏音

夜斗は引き止めなかった



「…聞こえてますか」


「ああ。無論だ」



微かに聞こえてくる嗚咽が誰のものか、間違えるほど夜斗の「眼」は衰えていない

だからこそその意気に敬意を称して、小さく呟いた



「ありがとうな、奏音」



その言葉に雪菜は、何も言わなかった

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