第17話

「はい!お兄様の誕生日ですよ!」


「うるさ…」



ところ変わってほぼ同時刻の冬風実家リビング

両親が仕事で遅くなるため、今は紗奈と弥生しかこの場にいない



「…なんで呼ばれたの?私」


「特に理由はありませんよ?ただ、私お兄様の家まで距離あるので弥生さんに持っていってもらおうかなと思いまして」



紗奈が持ってきたのは綺麗に放送された小包だ

貼り付けられたリボンには「Happy Birthday」の文字が記されている



「直接渡したほうが喜ぶと思うけど…」


「お兄様は貰えればなんでも良いっていうタイプの方なので。それに、私お兄様と誕生日同じなので私は私で夜パーティなんですよ」


「…天津風と?」


「ですっ!」



頬を赤らめながら答える紗奈

夜斗が弥生と同棲を始めたその日、紗奈は当時付き合っていた天津風煉河と同棲を始めた

煉河は夜斗の友人でもある



「…幸せそう」


「幸せですよ?けどまぁ、お兄様と離れてしまったのはちょっと…いえ、かなり残念ですね。3月までは一緒だと思っていたのに」



紗奈は兄妹愛をこじらせており、いわゆるブラコンという状態になっている

が、恋愛との区別はしっかりしているため兄に甘えることはあってもキス以上を求めることはない



「…それは」


「別に弥生さんを責めてるわけじゃないですよ?ああでも、1つだけ」


「…なに?」


「お兄様に隠し事しすぎると嫌われますよ?美月さんの妹さん」


「…っ!知って、るの…?」


「まぁ伝え聞いたくらいですけどねー」



弥生の姉――美月は夜斗の幼馴染だ

当時夜斗と美月はかなり仲がよく、学校中から恨まれるほどだった

結果、弥生は姉を失い夜斗は幼馴染と記憶を失ったのだが…



「お兄様を恨むのも分からないでもないですけどねー。私が逆の立場なら」


「違う!」


「…あら」



珍しく弥生が声を荒らげて紗奈の言葉を遮った

荒い息をしながら、顔を伏せる



「それは、違う…」


「私まだ言い切ってないんですけど…。ならなんですか?復讐的な?」



棚から拝借した菓子類をつまみながら問いかける紗奈



「恨みは、ない。初めて会ったときは、驚いたけど…それでも、お姉ちゃんがほぼ毎日話して聞かせてくれた人に興味はあった。それに、お姉ちゃんが死んだのは…夜斗が原因とは言い難い」


「そうでしょうか?美月さんと仲が良いお兄様を恨んでいたクラスメイトの犯行だ、と聞いてますよ」


「…それは、私もそう聞いてる。お姉ちゃんと仲が良い夜斗を刺したクラスメイトがいた。けど、直接的な死因は交通事故による頭部破損」


「…そうなんですか?」



紗奈はあくまで両親から聞かされた話でしかないため、深いところは知らない

弥生が美月の妹であるということも、両親から知らされただけだ



「…むしろ、夜斗はお姉ちゃんが駆け寄ったのを拒否したと聞いてる。それを無視したお姉ちゃんが勝手に轢かれただけ。悲しい事故だけど、夜斗は悪くない…はず」


「そう言ってもらえると、冬風家としてはありがたい限りですね」



そう言いながらも悪びれる様子はない

紗奈は当時ほとんど外出しておらず、兄が記憶を失ったと聞いて記憶障害を起こした

そのため、当時の話をされても大抵他人事なのだ



「…紗奈、意外と冷たい」


「私基本こんな感じですよ?外では猫被りますけど、兄と煉河以外にはさして興味ないので。ただ、弥生さんは別です。お兄様をどこまで変えるのか興味があります」



そう言って食べ終わった菓子のゴミを捨てに行き、戻ってきて飲み物を弥生に渡した



「冷たいと言われるのも慣れてますが、ここのところは素で話すことが少なかった気もしますね。それはともかく、弥生さんはお兄様に何を求めるのですか?」



記憶のない夜斗に謝罪を求めるのは酷だ

弥生にそのつもりはないのだが、紗奈はその可能性が大きいと考えている



「…なにも、求められない」


「…え?」


「夜斗は、私を受け入れすぎる。私が言えば些細なことも応えてくれる。けど、私が夜斗をどう思うかはわからない。私が夜斗を好きになったとして、受け入れてもらえるかもわからない」


「あー…それは正直私もわからないですねー…」



兄の恋愛に関してはかなり詳しく記憶している

小学生の時に起こした記憶障害はあくまで事件の内容だけをくり抜いてしまっただけで他のことは覚えており、ましてや中学生以降のことは焼き付けられたかのように覚えているのだ



「けど、利害関係なんですよね?弥生さんも、お兄様を好きになることはないと断言してた気がしますけど」


「…あのときは、そのつもりだった。けど今では、音を聴こうと必死になってる自分がいる。夜部屋にいても、夜斗が放つ音を聴こうとしてる」


「そういえば弥生さんは、エコーロケーションほどではなくても耳が良いんでしたね」


「うん。だから夜は、隣の部屋に夜斗がいるかを音で確かめてる。知らないうちに部屋を出てないか、外へ行ってないか、友人に私の愚痴を言ってないか、って」



十数秒の沈黙の後、紗奈が口を開いた



「仮に愚痴を言ってたらどうしますか?部屋を出てたら?逃げ出していたら?」


「それは…直せるとこは直すし、どこに行くのかは知りたい。逃げようとしてるなら…そんな権利ないかもしれないけど、止めたい」


(ほぼ堕ちてますねこれ。うーん…どう伝えましょう?)



コップを台所へと片付け、ただリビングに座る紗奈

弥生が答えを求めてか、紗奈を見た



「なら突き詰めてみてはいかがです?試しに聞いてみたら良いじゃないですか。今日とかも、お兄様はでかけていますし。帰ってきたときにどこに行っていたのか聞いてみるとか」


「…そんなことをして、逃げる要因になったら困る。生活費とかそういうのもあるけど、なんかモヤモヤする…」


「なるほどぉ…。うーん…お兄様はそれくらいで人を嫌ったりしませんよ。今日やってみて、嫌がられたら辞めればいいと思います」


「そう…かな」


「大丈夫です、それは保証しますから。1年間有効で」


「…そういうとこ、夜斗に似てる」


「お褒めに預かり光栄ですよ。あと一応1つ答え合わせしときますけど、お兄様は逃げたりしませんよ。仮に弥生さんを嫌いになっても、約束は確実に実行する方です」


「…そう。嫌われたら、我慢させるってこと…?」


「まぁネガティブに言えばそうなんですけどね…。ポジティブにいえば、いつでも挽回できますよ。時間はまだまだありますから」



こんな話をしているが、まだ同棲を始めてから3ヶ月程度だ

義務を果たすためだとしても、あと9ヶ月はある



「…そう、だけど」


「とりあえず今日試しに誕生日プレゼント渡してみたら良いと思います。反応を見れますよ?」


「でも…」


「せっかく買ったのに捨てるんですか?」


「それは…」



手にしているのは紗奈に預けていた紙袋だ

かなりの時間迷って購入した服である



「ああもう!お兄様の最も近くにいる方がそんなに怖気づいてたら私も気が滅入ります!お兄様がどう思ってるかなんてお兄様にしかわからないんですから、自分に自信もってやるしかないんですよ!」


「…うん。そうする」


(勢いって大事ですね。緋月霊斗さんの言葉も偶には役に立ちます)



霊斗がかつて言ったのは「元気があればどうにかなる」なのだが、多少美化されているらしい

紗奈は少し明るくなった弥生の声を聞いて満足気に頷き、自分が兄へと買ったものを渡した



「では、これも渡しておいてくださいね」 


「…頑張る」



弥生が少しだけ笑った…気がした

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る