第12話

土曜日、朝9時

普段の土曜日よりは早くに目が覚めたため、ゆっくり体を起こして時計を見る



(…ああ、今日から同棲開始か)



日付を確認してため息をついた

前日に引っ越しを済ませておいたため、今日やることは荷物の開封と整理程度のものだ



(橘、朝くるとは言ってたが何時にくるつもりなんだか)



赤の他人との同棲というものは、さすがの夜斗でも不安を感じざるを得ない

1年間強制されるという事実が余計な心配を生み出す



(…来客?橘がきたのか?)



鳴り響いたインターホンに歩み寄ると、画面に映っていたのは弥生だった



「今開ける」



それだけ伝えて玄関に向かい鍵を開けた

中に入ってきた弥生が部屋を見回し、持ってきたキャリーケースを玄関において奥へ進む



「今は手前の部屋に俺の荷物を置いてるが、好きなほう選べ」


「…なんで手前にしたの?」


「橘が部屋で着替えてるときに通りかからないようにだ。見られたくないだろ」


「そう…。ありがとう」


「どうすんだ?」


「奥でいい。私の荷物は明日くるから、今日だけ一緒に寝て」


(…どういう風の吹き回しだ?)



一緒に寝てほしいなどと言われる関係ではないはずだ

布団がないのなら貸すのはさしたる問題ではない



「…なに?」


「いや。布団は勝手に使ってくれ、俺はリビングでいい」


「風邪引くでしょ。お互いに風邪引かずに寝るためには、同じ布団で寝ればいい」


「馬鹿だから俺は風邪引かない。それに、念のために寝袋を持ってきてあるしな」


「…寝袋あるなら同じ部屋で良くない?」


「…ああ、そうじゃん」



まさに合理的な意見に手を打ち鳴らす

その後夜斗は荷物の開封を始め、実家から持ち出した家具類を組み立て設置する



(…めんどくさぁ…)



2時間ほど作業して終わったのは半分にも満たない

自身の要領悪いところは重々把握しているが、これほどとは思っていなかった



「へーい八城今暇かーい?」


『なんだよ…引っ越ししてんだけど…』


「じゃあいいですー」


『いや言えよ!?』


「荷ほどきめんどいから手伝ってもらおうと思って」


『構わんけど橘さんいるんだろ?いいんかそれは?』


「知らね。いいんじゃね?」


『あー…。まぁいいや、行くけどドタキャンすんなよ』


「ウィッス」



電話を切ってリビングに向かう

そこには誰もいなかった。弥生の部屋のドアが僅かに開いているのが見える



(聴音)



音を聞いて動きがないことを確認してからドア前に行き、ノックしてみる

数秒後に弥生がドアを大きく開いた



「いだい!」


「あ…ごめん」


「距離感測りそこねた…。このあと俺の旧友くるけどどうする?」


「聞いてた。私はどっちでもいい。都合悪ければ外に行くけど」


「じゃあ家にいてくれ。一応旧友とはいえ担任教師だし、紹介しろとか言われそうだ」


「わかった。…外行きの服でいい?それとも制服のほうがいい?」


「好きにしてくれ…」



弥生が部屋の奥に消えるのを待ってからドア前を離れる

そこからさらに1時間ほど経過し、残りの半分のうち2割ほど片付いたところでチャイムが鳴り響いた



(思ったよりうるせぇなこのチャイム)



インターホンに向かい、通話ボタンを押す

カメラ越しに八城が笑って立っているのが見えた



「ういー」


『着いたぞ』


「あいよ。橘、来たぞ」


「了解」



部屋からギリギリ聞こえるくらいの声で返答があったため玄関に向かい、ドアを開く

そこにいたのは八城…と他2名



「へーい夜斗!」


「久遠…。お前何してんだ?」


「何してんだはないでしょ。手伝いに来たの手伝いに。怪盗捕まえたから長期休暇もらえたんだよね」


「へー。で、なんでいるんだ舞莉は」


「忌引ついでに有休もらいました。暇だったので冷やかしに」


「…八城」


「すまん。けど隣にこの二人がいる状態で電話したお前が悪い」


「それは…そうだな」



知らなかったとはいえこの二人はそういう行動力だけは高い

むしろ莉琉が来ないのがおかしいとも言える。莉琉はやけに夜斗の世話を焼きたがるのだが



「莉琉と漣に任せてきたんだよ、家の荷物。さすがに段ボールほっぽるわけにいかんだろ」


「まぁそうか…。じゃあ、やるか」


「おう」



夜斗は自室となった手前の部屋に三人を案内して作業を再開した

聴音を利用して指示を出しつつ、自分も手を止めることはない



「久遠、その箱は本だから棚を組み立てた後だ。舞莉はベッド下を漁ろうとするな。八城も机を漁るな。そういう本は持ってない」


「すっご…。FBIきなよ、使えるよそのスキル」


「こちらにもほしいですね。人材として優秀です」


「教職には役立たんなぁ」


「カンニング簡単だぞ。しないだけで」


「お前だけ期末テスト別室だな」


「1km範囲ならカンニングできるぞ。それに就職組は期末テストないし」 



音だけで全員の動きを認識した夜斗に、各々驚きを見せる

ちなみに夜斗からしてみれば電気科目に関してカンニングする必要がない



「夜斗コレは?」


「アルバムはクローゼットだ。見ないからな」


「え?見ないの?見てもいい?」


「構わんが、正直してやれる思い出話はないぞ。小学校関係の記憶はないからな」


「あーそうだっけ。まぁ見るけど」



久遠は取り出したアルバムを開き見始めた

舞莉と八城も横からそれを覗き込み、いつの間にか部屋に入っていた弥生もそれを見ている



「なんか夜斗、あんま写真写ってないね」


「カメラから逃げる生活してたらしいからな」


「ゴシップじゃないんですから…。でも、写ってる写真には絶対この子と写ってますね」



舞莉が一人の少女を指さした

クラスメイト写真には別撮りで写っていた子で、夜斗はようやく手を止めてアルバムに目を向けた



「…っ」


「どうした?」



バランスを崩したかのように倒れかける夜斗に触れる八城と舞莉

手で制してアルバムの近くに膝をつき、誰より興味深そうにその少女を見た



「…いや、わからんけど…その子とか似てる人見るといっつも頭痛くなるんだよ。記憶喪失の原因なのかもしれないけど、な」


「こんな可愛い子が夜斗をいじめてたんですかね?」


「だとしたら笑ってツーショット撮ってるのお互いサイコパスすぎるよ。夜斗の過去は調べられないからなぁ」



久遠や舞莉がそれぞれ属する組織の力を持ってしても調べきることができなかったらしい

要所要所で夜斗の父親の名前が出てくることから、何かを隠してるのは夜斗の父親だろう。



(ま、問いただす気もないけどね。無駄だろうし、そこまでするくらいなら記憶を取り戻せるように支援した方がいいかな)



ふと弥生に目を向けると興味を示しているのかじっと1枚の写真を眺めていた

それは、夜斗とその少女のツーショット

どこかでの課外授業での写真だ

夜斗にその時の記憶は――何もない

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