第13話
1月中旬頃。夜斗の妹、冬風紗菜と婚約者の家にて
(あら。メールとは珍しい)
スマホに目を向け、飲んでいた紅茶をテーブルに置く
紅茶は夜斗がかなり飲むため、その影響で飲むようになった
(煉河まだ起きませんね…。まぁ、元々休日に早起きさせる気もありませんし期待もしてませんが)
同棲している煉河はまだ寝ており優雅な一人ティータイムだ
毎週土曜のこの時間はこんな感じで悠々と時間が過ぎていく
(弥生さん…?さらに珍しい方…)
弥生はRaimuの使用を拒み、未だにメールを使用している
そんな弥生も、紗菜にメールを送ったのは夜斗と弥生が同棲した直後の頃だけだ
【件名:午後暇?】
(まあ暇は暇だけど。煉河もお兄様と遊びに行くらしいし)
【本文:冬風夜斗の誕生日買いに行きたいけど、趣味がわからないからついてきてほしい。報酬はスターベックスのトッピングマシマシ千円まで】
【行きます。言質取りましたからね】
夜斗もだが紗菜は大概現金なタチだ
その場に兄もしくは煉河がいるか、報酬がある場合にのみ要求に応じる
紗菜は12時すぎに起きた煉河が運転する車で集合場所に向かい、ほぼ同時に到着した弥生に向けて軽く手を上げた
「久しぶりですね、弥生さん」
「…久しぶり。3ヶ月ぶりくらい?」
「そうですね。ちなみに何を買う予定とかあります?」
「…服かアクセサリー。冬風はそういう系統を持ってない」
「そうでしたね。私もアクセサリーは差し上げたことないんですよ」
「何故?」
「アクセサリーを異性に送る理由として、異性への愛を示すものが多いので。いくら私が兄を愛してやまないとはいえ恋愛感情ではありませんから」
「…なら私もアクセサリーはやめる。冬風にそういう感情はない」
「なら服ですね。じゃあいきましょうか」
笑顔で弥生の手を引く
戸惑いつつもその勢いに乗せられて、抵抗せずに紗菜のあとをついていった
数時間後、冬風夜斗自宅の自室
常時起動にされたパソコンのアラームが鳴り響いた
夜斗は朝から出かけていった弥生を見送ったあと、再度睡眠に入っていたためそのアラームに起こされてパソコンの前に座る
(通知ユニット…アラート確認…緊急通報…!?)
緊急通報は夜斗が作った防犯ブザー型のデバイスが発信するものだ
所持者が紐を引き抜くとスマホの回線を使用し、夜斗のもつパソコンに「緊急通報」という通知が届くシステムになっている
(場所は…沼津ショッピングモール…実家近くのあそこか)
駅前からであれば久遠の実家まで徒歩5分だ
そこからさらにバイクで15分ほど走れば緊急通報で知らされた位置に到着する
(…喧騒が凄まじいな、何か起きてるのは確かだ。聴音発動)
首にかけていたヘッドホン型の集音器を起動し、頭に装着する
音を解析するための聴音スキル自体は道具を使わずに発動できるが、人間の耳で聞こえる範囲には限界があり、それを拡張するための集音器だ
(……1階大規模ステージ…!)
夜斗は音を頼りに紗菜の居場所を探り当て、一目散にそこへ走る
どうやら施設内の人がほぼ全員集められているらしく、大勢の人で埋め尽くされていた
「紗菜!」
「お、お兄様!?どうしてここに…あ、緊急通報装置のプラグが…。どこかに引っかかって抜けてしまったみたいです」
「怪我は…なさそうだな。アラームで起こされたから気が気じゃなかったぞ」
「ご心配おかけいたしました」
「…冬風」
「む、橘。いたのか。お前も無事らしいな」
夜斗のついでと言わんばかりの物言いに少しムッとした様子だが、夜斗がそれを気に留める様子はない
妹である紗菜の心配ばかりをしており、本人が気づかない傷や打撲がないかを確認して安堵の吐息を漏らした
「…お兄様。同棲してる方の前でその対応はいかがなものかと」
「そもそも気づきすらしなかったが…。利害関係などそんなものだ。橘も、俺に気にされたくはなかろう」
「……」
「無言は肯定と取るぞ」
「…好きにして」
「お兄様…。後でお話があります」
「なぁんでぇ…」
紗菜の安全を確認した夜斗はステージ上にある大型モニターに表示された文字に目を向けた
そこにはこの騒動の原因が記載されていた
(非常用発電設備に異常が発生…。原因不明だが、突如発電機が起動したため故障として避難警報が鳴り響き混乱を招いた…か。ここに設置されているものは売電遮断後に自動で起動するタイプ。つまり、売電の通電検知機構の破損か?)
「やっほー夜斗、元気そうじゃん?」
声をかけてきた少女に目を向ける
燃えるように鮮やかな赤い髪を持つ少女が夜斗に向けて小さく手を振っていた
「
「私のセリフだと思うけどね。私は買い物だよ」
「…誰?」
弥生が怪訝そうな顔で少女―天音を見る
天音の真っ赤な目が弥生の目を見て笑う
「
「ま、そゆこと。君が夜斗の同棲相手?可愛い子じゃん」
「一般的な可愛いの観点が平均化されていないから断定することはできないが、俺の主観では容姿は卓越していると言える。お前と比べてもな」
「理系のそういうとこメンドクサ。あと一言余計だよ」
「このやり取りも100は既に超えてるな」
「だね。千も超えるんじゃない?」
「さてな」
「こんなところでナンパでもしてたの?」
「しねぇわ、俺を何だと思ってやがる」
「ロクな女に引っかからない魔性のメンヘラホイホイ」
「泣けてくるぜ…。特にお前みたいな彼氏いない歴イコール年齢みたいなやつに言われると」
「いいんだよ私は。何年かしたら夜斗が羨む旦那見つけるから」
「俺が羨んでどうすんだよ。そういう趣味はないぞ、俺には」
「あっははー」
夜斗と天音は互いのマシンガントークをズバズバ切りながら会話を続けるため、紗菜と弥生は会話に割り込むことができずにいた
「あら、先輩方お揃いで。夜斗先輩がここにいるのは中々天変地異な気がしますけど」
「雪菜…。お前だって服とか大して買わんだろ」
「まぁそうなんですけどね。たまには先輩以外の人の気を引く服装にしてみようかと思って」
「霊斗か」
「うっ…。ほんと隠せないですね…。まぁ、先輩ラバーズな私でもあれだけグイグイこられると興味が湧きます」
「そうか、それは何よりだ。俺と添い遂げて不幸になるよりな」
「そう言われると手に入れたくなりますねー」
「失言がぁ…」
施設職員が詫びの品として商品券を配っていたが、居合わせたわけではないため離れたところへ移動する
そして雪菜へと目を向けた
たしかに今日着ている服は夜斗の好みから大きく外れ、霊斗の好みに合わせてある
(あいつまじで黒好きだしな。俺も似たようなもんだけど、俺は赤と黒のツートーンが好きなだけだし)
「冬風」
「なんだ」
「私は用終わった。紗奈も、終わった」
「そうか。なら帰るか?」
「うん。その前に、お昼ご飯にするのもいいかなと」
「そんな時間か。いいだろう」
現場職に就くからという理由で買った二万円しない程度の腕時計を見て頷く
弥生は少し表情を明るくした…ようにも見えたが、気の所為だと目を逸らした
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