第9話

月曜日

静岡県東部工業科高校電気専科3年教室



「やぁ、夜斗」


佐久間さくまか。どうした?」



自席にてパソコンを操作していた夜斗に声をかけてきたサイドテール少女が、画面に割り込むように手を振る



「全く…顔くらい見たらどうかな?」


「見たところで見慣れたからな。見ずとも人は判別できる」


「そういうことではないよ。人と話すときくらい、本を読むのをやめたまえ」



机に固定されたパソコンでやれることは多い

教科書やノートになる上、クラウド上の図書館にアクセスして本を読むこともできる

夜斗は休み時間を本を読んで過ごすことがほとんどだ



「なんだよ」


「君は就職派だったね?」


「ああ」



夜斗は既に就職先が決まっており、授業も免除されている

それでも授業に出るのは暇潰しと、生徒会室にいると顧問に仕事を押し付けられるからだ



「ボクは進学だけれど、君は何故進学しないのか気になってね」


「…世間話をしにきたのか。答えは単純、勉強に飽きただけだ」


「本当に君は飽き性だね」


「かもな」



ぶっきらぼうに言って背もたれに体を預ける

佐久間は電気専科の中で唯一夜斗に話しかける人物であり、唯一夜斗にテストで勝てる人物だ



「実はその気になればボクに勝てるんじゃないかな?」


「テストか。試しにやってもいいけど泣くなよ」


「遠慮しておくよ。ボクはの涙は貴重だからね」



そういってウインクする佐久間

霊斗より長い付き合いがあるためほぼ毎日10年近く顔を合わせているが、言われてみると泣いているのは見たことがない



「たしかに貴重だ、な!」



勢いよく腕を振り、その反動で立ち上がる

腰の骨を鳴らしてから外に出た



「どこへ行くんだい?」


「ちっとばかし生徒会室にな。くるか?」


「遠慮しておくよ。ボクはまだ授業免除になっていないからね」


「そうか」



歩き出した夜斗の背を見ながらわざとらしく肩をすくめる佐久間



「全く、恋愛とはまさに不可解だね」



その言葉はあえて夜斗に聞こえるように放たれた

実際夜斗にも聞こえていたが、聞こえないふりをして逃げるように去っていく




生徒会室の鍵を開けて中に入り、応接用のソファーで横になる

特段やることはない。ただ教室にいる意味がないというだけだ

この時期になると3年生は部活を引退しており、登校すらしてこない

そのため唯一同じ学校に通う友人は今頃家でゴロゴロしていることだろう



(生徒会役員が登校義務あるとか聞いてねぇし…)



夜斗は就職組の中では唯一生徒会役員をやっている、という奇異な存在だ

歴代生徒会役員は三月まで登校義務がある進学組がやっていたため、この問題に気づくものはいなかった

その気になれば雪菜に仕事を押し付けることはできるが、そんな発想が出てこないくらいにはお人好しな夜斗である



(…こんな時間に来客?聞いてねぇが…)



突然のノックに顔をしかめながら遠隔で鍵を開ける

そこにいたのは生徒会顧問である八城だ



「うーっす。元気してるか夜斗」


「…月宮先生。暇なんすか?」


「今はオフでいい。今日有休だからな」


「なんでここにいるんだ帰れ!帰って莉琉とイチャついてろ!」


「1日性行為したらさすがの俺も死ぬ」


「そこまでしろとは言ってないが…」



想定外のカウンターを受けて狼狽える夜斗を笑う八城

どうやら本当に暇潰しで来たらしい



「つか有休なら来たらダメだろ」


「仕事しなきゃいいんだよ。部外者じゃないしな」



ハッハッハと豪快に笑う八城

そして夜斗はあることに気づいた



「莉琉の色が校舎外に見える…。お前何やらかした?」


「うぐ…バレるよな。いやぁ…着替えを意図的に覗いたらガチギレされてな?」


「自業自得じゃねぇか!さては暇潰しじゃなくて逃げてきただけだな!?莉琉が部外者だから入れないのを知ってて!」


「大人になるとはこういうことだぞ夜斗。利用できるものは全て利用して自分の思い通りになるよう努めるものだ」


「嫌な真実だな!」



そう叫んで大きなため息をついた

ここ1ヶ月で何度ため息をついたかわからない

もし本当にため息をつくと幸せが逃げるというのなら、もう二度と手に入らないんじゃないかというくらい逃していることだろう



「いいから謝ってこいよ。嫌がって怒ったわけじゃないだろ」


「あいつキレるとバール振り回すぜ?」


「今すぐ海外に逃げた方がいい」


「手のひらドリルかってくらい回ってんな」


「いのちだいじに、だ」



ひとしきり話して満足したのか八城が生徒会室を出ていった

窓から外を見ると莉琉に土下座せんばかりの勢いで謝っている



(…あの様子なら、殺されはしねぇだろ)



優しくビンタされた八城が困惑しているのを見て笑う

ああいった夫婦もまた面白い、と思いながらも自分にはあり得ないと、また嘲笑わらった

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