第8話
久遠の家は徒歩で行ける距離だ
しかしそれは、5kmを近場と称する夜斗基準であり、実際歩くとなると30分ほどかかる
が、夜斗や霊斗にとっては小中学生時代毎日歩いた時間だ
「…ガレージの中にあるんだよな」
古風な家に似つかわしくない洋風なガレージが庭に建っている
リモコン式の電動シャッターがつけられており、そのリモコンはバイクの鍵とともに渡された
「…ガレージ、ね」
かつてそこに封じられていたものを思い出し笑う
ガレージはパッと見3年は経過しており、雨樋などは多少劣化が見られるが、それも見慣れたものだ
否、かつて見たときよりは少し劣化が進んでいる
「ご対面だ」
リモコンでガレージを開けると目の前にバイクが置かれていた
右側の壁一面に写真が貼られており、久遠の父が笑顔で車と映る写真もある
その写真は、久遠の父親が乗っていたクラシックカーのものだ
「あの人、これ好きだったもんな」
久遠の両親は既に他界している
父親はガンで、母親は突発的な心筋梗塞だった
久遠はその頃アメリカに飛んだあとであり連絡が取れずにいたため、夜斗が葬儀の手配をしたのだ
「墓参り、行くか」
ガレージの奥にはバイク用のウェアやグローブ、ヘルメットが小さな棚に置かれていた
それらを装着してバイクに跨がり深呼吸する
「初ライドだ。気張っていけよ、我が相棒よ」
キーをオンにしてイグニッションスイッチを押す
軽快なセルモーターの音のあとに、重厚なエンジン音が狭いガレージに響き渡った
到着したのは山の方にある墓場だ
ここには久遠たちの家が先祖代々受け継いできた墓がある
そこに向かうと、ちょうど彼らがいた
「久遠、舞莉」
「あ、夜斗じゃん」
「お久しぶりですね、夜斗」
夜斗は手にしていた線香に火をつけ、置き場に並べる
この墓は線香立てはなく、横置きするタイプだ
「ありがとな、久遠。舞莉」
「なにが?」
「バイクだよ。くれた、って聞いたから」
「あれくらいなんてことないよ。夜斗には手間かけたからね」
「私たちが海外に出て連絡取れなくても、両親を気にかけてくれたと聞いています。こちらこそ、ありがとうと言わねばなりません」
「…まぁ、そうかもな」
久遠に両親が亡くなったことを伝えることができたのは数日前だ
別件で連絡してきた久遠にそれを伝えると、絶句しながら通話を切った
それから舞莉を呼び出し、今に至るのだろう
「連絡取れたんだな、舞莉に」
「まぁね。というか、私たちは莉琉とか八城、夜斗を巻き込まないようにしてただけで、翔と舞莉とは連絡取ってたよ」
「急遽組織に連絡して忌引を取りました。まさか、もう死後3年経ってるとは思いませんでしたが」
毎週久遠の親の様子を伺いに行っていた夜斗は、ある日久遠母の元に病院から久遠父の危篤を受けて最期を看取った
そして葬儀の準備を手伝う最中、突然久遠母が倒れそのまま亡くなったのだ
葬儀を久遠の両親の名前に切り替え、やったことも見たこともない喪主を気合いでやり遂げたのももはや昨日の事のようだ
「父さんには何もしてあげられなかったし、親不孝過ぎたね。私たちは」
「ですね…」
「…こういう言い方をするのも失礼だが、俺はいい経験を積ませてもらった。実の親の予行にはなっただろうな」
「まだ先の話でしょ。って、私たちが言ってもね」
消えてしまいそうな笑みを浮かべる久遠
今日は男の格好をして、髪を後ろで結わえている
それでもどこか、染み付いた女の動作が消えることはない
「まだ先かどうかはしらんが、いつ起きても今なら問題ない。それと、親不孝だったかどうかはあの人たちが決めることだ」
バイクウェアの中に着ていた服のポケットから一つの封筒を取り出し、久遠に差し出す
「これは…」
「遺言ってやつだ。行政書士立ち会いのもと作成され、俺が管理を任されていた。俺が久遠に会ったとき。そして、久遠と舞莉がその場にいるときに、死に目に会えなかったと後悔してるなら渡せと言われてな」
その封筒を震える手でゆっくり受け取り、開く久遠
舞莉はその手元を覗き込むようにして「手紙」を読む
(内容は覚えている)
夜斗は記憶の中の男が語った話を思い出していた
「…何も遺せない私を許せ」
「…!覚えてるの…?」
「少し、な」
「手紙」の最初の一文を告げると久遠が光速と見紛う速度で反応を示した
「記憶の限りでは、【私は親として、久遠にも舞莉にも何も遺せない。二人が生まれてからの20年余の長い年月を、仕事に費やした。そして、ガンに気付かずステージ5になっていた。私がガンだとわかったのは2年前のこと。久しぶりに検診を受けたときに知った。来てくれたのは冬風君だった】…ってとこまでは覚えてる」
「…続きは読むよ。【冬風君は、久遠の所在を知っていて隠しているらしく、苦笑いに留めた。少し恨んでしまった。親である私より、何故君のほうが知っているのかと。しかし今まで不干渉を貫いた私に下された天罰だと思えば、仕方ないことだ。久遠と舞莉がこれを読む頃には、もう死んでいる。子不幸な私を、どうか許してくれ】だよ…」
「あの人は、久遠たちを親不孝だとは思っていない。ああ思い出した、それに書かれていない言葉がある」
スマホを取り出してメモ帳アプリを開いた
ただ一度、その時の言葉の記すためだけにインストールしたそのアプリが、ようやく役目を終えようとしている
「【葬式には、二人を呼ばないでほしい。強情を貫き、情けなくも先立つ馬鹿者の顔を見られたくない。もし、葬式に出られなかったと二人が嘆くなら、笑い飛ばしてやってくれ】」
「…ほんっと、頑固だね…」
「職場のせいで葬式に出られなかったわけじゃない。あの人は、始めからお前らが葬式に出ることを拒んでいた。結果は同じだ」
「気持ちの上では違うけどね。少しは、気が楽になったよ」
「そう、ですね…。夜斗がいてくれて、助かりました。…桜坂を代表して、お礼申し上げます」
無理に笑う久遠と舞莉を横目に、強めにため息をついた
そして夜斗は、二人に歩み寄り強く抱き寄せる
「泣きゃいいだろ。親が死んで、泣かないほど薄情な奴らじゃないはずだ。色を見なくてもわかる」
「な、泣こうとしてないけど!?」
「色を見てやろうか?」
その一言に黙る久遠
舞莉は夜斗の突然の行動に驚きつつも、その胸に体を預けていた
「…大きく、なったんですね」
「よく言われるな」
「…心も、体も。あの頃からは想像つかないくらい。本当に…本当に」
最後は嗚咽に混じり聞き取れなかった
が、あえて聞き取らずとも理解できる
「久遠」
「…なに?」
「お前は強い。だが、強さとは挫けないことではない。挫けて尚立ち上がることができるお前は強いんだ。だから、今は挫けていい」
「…ズルいな、その言い方は」
それは久遠が夜斗に教えたことだ
どんなことにも耐えられる心もまた強いと言えるだろう
しかし、何度叩かれて何度折られても立ち上がるのもまた強さ
久遠もまた、目に涙を浮かべていた
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