第5話
翌日 木曜日。市役所地下2階、特別会議室
(広いな。えーと?渡されたのは…A15か)
机と椅子を並べてパーテーションで区切っただけのお見合い室に変えられたこの部屋は、本来国の重鎮が来るときに使われる
とはいえ建設から3回程度しか使われておらず、持て余していたらしい
(ここか。パーテーションが開かれるまでは声を出すなって話だったか?)
目の前にある黒い板を軽く指で叩く
向こう側には夜斗のパートナーとなる少女が来るはずだ
この部屋には男が先に通され、女があとから入ってくる
それまであと15分は暇だ
(やることねぇなぁ…。スマホも回収されたし)
この部屋自体が機密であるため、撮影されるのを恐れた市役所は、スマホをすべて回収した
夜斗には3台のスマホがあるのだが、全て見抜かれてしまった
(…隣の学校…っていうと、多分東部商業高校だよな?もう1つあり得るとすれば東部女子高か。けど東部女子高って俺らの学校からだと遠いしなぁ)
現代では生徒数が激減し、各県に何校かしか高校が存在しない
静岡県は東部・西部・中部にそれぞれ工業科・商業科・女子高があるため、割りと多い方だったりする
(…せめて可愛けりゃいいけどな。一年も強制されるわけだし)
高望みをしながらゆっくりと虚空を指でなぞる
(つか暗くね?足元の灯火なかったら真っ暗だろこれ)
部屋の天井にある照明はつけられていない
臨時でつけられたとしか思えない足元用の微かな照明だけが部屋を照らしている
(…まぁ、知り合いと出くわすよりマシか…?)
とはいえ夜斗の知り合いなど大抵近くにしかいない
親友は商業高校普通科におり、幼馴染は商業高校情報工学科に属している
昔からの友人は同じ高校には一人としていないのだ
『それでは、女性の入場になります。皆様顔を伏せてください』
(徹底してんな。この暗さで顔伏せると寝かねないが?)
そう思いながら顔を起こしていると、どこかで監視されているのか夜斗をピンポイントで注意してきたため顔を伏せた
(怖いわ)
足音が無機質に反響する
不安・興味・高揚など色々な感情を孕んだ音の中に、一つだけ違和感を感じた
(…なんだ、この音。無機質すぎる…いや、感情が読み取れない…?)
無意識に音の解析をしていた夜斗は、入り口からずっと聞こえている足音に耳を傾けた
その足音はゆっくりと、それでいて確実に一歩を踏みながら近づいてくる
そして、目の前で立ち止まり椅子を引いた
(…俺の、パートナー…?あの、無機質な音を持つ人間…興味深いな)
夜斗はほんの少しだけ、目の前に座った少女に興味を持った
『それではご対面ください!』
役所の人間の音頭で、一斉に正面のパーテーションが取り払われる音が聞こえた
それと同時に照明が点灯し、相手の顔が見えるようになる
そして夜斗は、目の前に現れた少女に目を奪われてしまう
(…綺麗すぎる。むしろ、違和感を感じるな)
少女は人形のように端正な顔たちをしていた
無表情ながら、夜斗の目を見ている
握れば壊れそうなほど華奢で白い腕をテーブルで隠れた腿に置いている
数秒後、肩を隠すほど長い白銀の髪を、またしても華奢な手の細い指で耳にかけた
「…東部工業科高等学校電気専科3年、冬風夜斗だ」
「……東部商業科高等学校経済専科1年、橘弥生」
短い自己紹介を終え、沈黙が訪れる
とはいえ周りはかなり騒がしく、出会って数秒で会話が盛り上がっているグループもあるようだ
しかし、夜斗はその少女の音を聞こうと無意識に他の音を遮断していた
「…冬風」
「なんだ」
「…綺麗な音、してる」
「…やかましいだけだと思うがな。こういった空気は好まん」
「それについては同意する。けど、綺麗なのは貴方の『音』のこと」
夜斗は瞬時に勘づいた
この少女が持つその感性に
「
「正解。私は、感情を音で認識する共感覚を持つ。おそらくは貴方も、似たようなものを持ってる」
「…よくわかったな。俺は人の感情を色で認識している。そして、聞こえてくる音を解析すれば色で認識できる」
「私の上位互換。貴方なら、今の私の感情が読めるはず」
そう言われて音を聞きつつ『色』を見る
意識的に遮断している共感覚を、初めて意図的に使用した
「…理解した。互いに思うところは同じということか」
「……私は、結婚まで同棲する気はない。一年間の義務を終えたら、そこで終わり」
「同意見だ。こんな茶番に興じるほど、俺は暇ではない」
また訪れた沈黙。今度は周りの喧騒も聞こえてくる
しかしその中でも夜斗は、少女――弥生が放つ色に興味を惹かれた
(…悪いが、あんたが思ってるほど俺は善良ではないぞ)
言葉には出さず、顔にも出さずに心のなかで言い放つ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます