第4話
放課後、指定の時間に自宅付近のファストフード店に自転車で移動した夜斗は、見慣れた車に近づいた
「来たぞ」
「予想より751秒早いな」
「あんたらが早すぎなんだよ。時間の10分前だぞ」
「そう言うな、今日は奢りだ」
「じゃあ最近出た最高級の…」
「一人千円だ」
「あら、私にも奢ってくれるのかしら?」
「構わん」
車から降りてきた顧問は、着ていたスーツを後部座席に投げ込んだ
代わりに取り出した灰色のコートを着て歩き出す
助手席に乗っていた莉琉も、スーツを脱いでブラウスのまま顧問についていく
「…今はプライベートでいいんだよな」
「変わらないだろ、いつもタメなんだから」
「それでも教師として先生呼びするだろ」
「ったく…プライベートだ。夜斗も、久しぶりに莉琉と会えて嬉しいだろ?」
「嬉しい…かどうかは別として懐かしくはあるな」
「そうねぇ…」
注文を済ませ、席で待つこと5分
テーブルにおいた札のかわりに商品をおいて店員が離れていく
「夜斗、久しぶりね?」
「ああ。ご健勝そうで何よりだよ」
「あら、妙に大人っぽい言い回しを覚えたわね?」
「親の教えでな。あんたらに敬語使う気にはなれないけど」
付き合いは十年にも上るため、今更簡単には癖が抜けない
当時はまだ10歳にも満たなかったが、この二人にはかなり遊んでもらっていた
「で、久遠と連絡取れてないのか?」
「そうよ?八城をよろしくって書き置きをしてね?」
さみしげに笑う莉琉から目をそらす八城
夜斗は駐車場に目を向けてから莉琉を見た
「久遠が最後に送ってきたメールには、八城と莉琉をお願いって書かれてた。付き合うはずだからってな」
「「え?」」
「というか、可能なら同棲まで見守るように頼まれてる。久遠と舞莉はそれぞれアメリカとオーストラリアに行ってて、莉琉の兄貴…翔は舞莉と共にオーストラリアにいる」
「なんで私には言わないのかしら、ね」
泣きそうな顔を無理やり笑みに変えて、絞り出すように言う
「…知らないのか。久遠はスカウトされてFBIに入った。舞莉と翔も似たようなものだ。莉琉は危険だから置いてかれた。けど兄として、友人として八城になら任せられると言っていた」
消息不明ではあるが、最後のメールにはそう書かれていた
今どこで何をしてるかは知らないが、連絡を取れない理由があるのだろう
「だから八城、あんたはそろそろ嫁を取れ。莉琉を幸せにしてやってくれ」
「…何故、黙っていた」
八城からの圧に少し気圧されるが、すぐに持ち直し夜斗は語る
「…行方不明になった3年前、あんたは俺を避けていた」
「…っ!」
「だから話す義理はないと思っていた。が、さっきプライベートだと言った。つまり交流が戻ったと判断しただけだ」
かつて中学時代、夜斗と八城はほとんど交流しなくなっていた
理由としては八城が試験で忙しかったというのが大きいのだが、夜斗の精神がかなり不安定だったというのもある
当時は親友と幼馴染のおかげで持ち直したが、その一件以来夜斗から八城に連絡することはなくなった
「考えてみろ。俺が、あんたを八城と呼ぶのは何年ぶりだ?」
「3年ぶり…だ。ずっと、月宮と呼ばれて…そういうこと、だったのか」
夜斗が苗字で呼ぶのはあくまで「先生」と見知らぬ人のみ
つまり夜斗はこの高校生活の間、八城との会話は教師と生徒の間で交わされるものとして行っていたのだ
故に、プライベートの話である久遠たちのことは一言も言わなかった
「八城。腹を決めろ。覚悟を俺たちに示せ」
「……」
「それともバラされたいか?4年前に俺が聞かされた話を」
「おぉぉぉいまだ覚えてんのかよ!?」
「何よそれ?気になるわ?」
「き、気にするな!今度俺から話す!」
想定外の圧に察する莉琉はかなり笑顔だ
どちらかといえばニヤニヤという笑い方をしている
「あら、なら私は他の殿方を探そうかしら?夜斗は契約結婚のモデル制度で無理だけれど、夜斗の紹介なら不足はないわ?」
「構わんぞ。俺の先輩たちだからあんたから見て3個下になるが」
「構わないわ?」
「俺が嫌だ!莉琉は渡さん!」
牙を剥く狼のように夜斗を睨み、莉琉を抱き寄せる八城
クスクスと笑う莉琉を見て、即座に手を離す
「そんだけ言えりゃマシだろ。4年前に比べりゃあな」
「は、計ったな!?」
「さぁな。んじゃあ、あとはお二方だけの時間としますかねぇ」
早めに食べ終えた夜斗が立ち上がり、ゴミを片付ける
八城はまだ手を付けておらず、莉琉も冷えたフライドポテトを手に八城を見ている
「手始めに、あーんしてあげましょうか?」
「あ…う、受ける!」
莉琉の手からフライドポテトを直接食べる八城を見て、少し笑いながら店をあとにする
そして
「見てるくらいなら声かけてやれよ」
「…気づいてたんだね、夜斗」
柱の陰に立つ少女が姿を見せた
実を言うと少女ではないのだが、容姿や体格は完全に少女のそれだ
「久遠、久しぶりだな」
「久しぶりだね。元気そうで何より」
「帰ってたのか」
「ちょっとね。怪盗を追いかけて日本に来たの。捕まえたら帰るよ」
「そうか。…莉琉、泣いてたぞ」
「…だよね」
憂いだ顔を見せる久遠
少女の姿をしているのは、敵にバレないための変装だ
そして夜斗の知る限り、久遠ほど女装が似合う男はいない
「…どうしても声をかけないのか」
「日本に未練が出るからね。莉琉が幸せなら、私は構わないと思ってるよ」
「…そうか」
無理に笑って見せる久遠を振り返らず歩き出す夜斗
久遠は不思議そうに首を傾げていたが、すぐに理由がわかった
「久遠…」
「うぇ!?り、莉琉!?」
「やっと見つけたわ?夜斗のハンドサインがなかったら見逃してたわよ」
「夜斗ぉ!?」
詰め寄る莉琉に気圧されているが、幸せそうな表情をしている
「…隠すもんじゃねぇよ。本音ってやつは、『色』に出るからな」
笑いながら誰にも聞こえない声で呟く
自転車に跨がり、自宅へ向けて力いっぱいペダルを踏みしめた
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