第6話

翌週金曜日朝

夜斗は両親とともに、とある料亭に来ていた

弥生とはあれ以来顔を合わせておらず、二度目の対面だ



「どうも、はじめまして。冬風夜斗の父、冬風晴人はるとと申します」


「母の冬風真夜まやです」



両親が相手方の両親に挨拶するのを横目に、夜斗は弥生に目を向けた

夜斗は急遽用意したスーツであるのに対し、弥生は何日も前から拵えていたかのようなドレスを着ている



「ふむ。中々似合うな」


「そう。ありがと」


「礼には及ばん」



こんな様子の二人を見て、もう仲がいいと盛り上がる両親たち

それとは裏腹に、夜斗はまた弥生の『色』を見ていた



(面倒くさいとすら思っていない…。あくまで日常の1つというわけか?)


「気の良さそうなご両親だな、夜斗」



小声で話しかけてきた父親を鬱陶しそうに横目で睨む

少しは自重しろという意味を込めたのだが、なにか勘違いしたらしい



「ああ、二人の時間を邪魔したら悪いよな!じゃあ父さん少し外出てくるから!」


「あ。あなた待って!」


「私たちも」


「行きましょう」



両親たちが席を外し、6人がけのテーブルに夜斗と弥生だけが残された

先に出されたお茶を飲んでいると、ふと弥生が声を出した



「何故、わざわざお世辞を言ったの?」


「そう聞こえたか。特に世辞で言ったつもりはねぇよ。単純に綺麗だと思ったから言葉にしただけだ」



半分ほど残してコップをテーブルに置き、弥生に目を向ける

弥生は下を向いており顔は見えない



「…そう」


「世辞だと思っていたのに礼を述べたのか?」


「…やり取りとしては正解のはず。あの人たちには、多少いい雰囲気だと取り繕う必要があるから」


「そうか」



一週間ぶりの沈黙が包み込む

この空気感に耐える自信がないのか、店員が入り口の襖の前で固まっているのが音でわかる



「ま、来週から同棲になるわけだし多少気楽にやろうぜ。学校でもこの話題で持ちきりなんだ」


「それは同意。毎日毎日、冬風のことを聞かれる」


「こっちも似たようなもんだ。ツレにも聞かれたしな」



なんて伝えてるのかは言わず、聞かない

お互いが不干渉を貫いている



「…冬風は、不安?」


「いや別に。多少家事スキルは母親から叩き込まれてるし、買い物の目利きも親父に教えられてる。同棲とはいえ一年間の義務を果たすだけだからな、生活の上で干渉することはしないよう努力する」


「…そう。けど、家事は私がやる」


「…は?別に分担で構わんが」



夜斗の家事スキルは母親から教わり、自己流で拡張したものだ

即ち、音を解析する力を利用して効率化を計っている

さらに、夜斗の得意分野は化学。料理に関してはそれの延長線上だと考え、レシピを真似させれば母親すら敵わないレベルだ



「…私には家事スキルはない。同棲解消後に一人暮らしできる自信がないから、練習したい。嫌なら、分担でもいい」


「…なら任せるが、月に一度は俺もやる」


「そう。…なら、周期は20日から25日でお願い。私は重い方ではないけど、動きたくはないから」


「いいだろう。洗濯及び掃除は?」



言いたいことを察して、とやかく問い詰めはしない



「自室の清掃は各個人でやるとして、共用部は私がやる。洗濯についても…下着とか、見られるの嫌だし…」


「洗濯はそうだよな。俺のを見る分にはいいのか?」


「お父さんの見てるから慣れた」


「そうか。俺としては構わんが、負荷が高すぎるだろう」



一年間の制限付きとはいえ、学校に通いつつそれだけの家事をこなすのは難しい

むしろ洗練された兼業主婦でもかなり負担は高いだろう



「大丈夫。なんとかする」


「そうか。なら無理になったら遠慮なく言え。どれでも手伝おう」


「わかった。生活費は、私の家から5万円でる」


「こっちも同じだ。あとはこの制度の補助金が5万円だから、トータル15万か。まぁ生活は可能だろう」


「無理そうなら、私の家に相談する」


「同じく。一応あんなんでも専務だから金だけはある」



夜斗の父は、とある大企業の専務をしている

元は平社員だったのだが、類稀なる営業センスと管理スキルで専務までのし上がった、実は優秀な人物だ



「私のお父さんも、人並みよりはお金ある。一応今は社長だから」


「ああ…今の時代だと子供が継ぐとかないしな」



定年までは社長を続けるが、定年後はまた役員会議で幹部の中から社長が決められるというのが主流だ

物言う株主という問題が発生していた頃とは違う



「じゃあそんな感じでいこう。短い期間だがよろしくな」


「ん。よろしく」



このタイミングで両親たちが戻り、席についた

それを見計らって店員が出来上がった料理を運び込み、そこからしばらくは食事会となり談話が続く

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