夢見る少女とトカゲの子

七宮浜島での殺し合いから遡ること十年。


「起立!気をつけ!さようなら!」


「「「「「さようなら!」」」」」


翔太郎と浮美は当時、同じ小学校に通う二年生。


二人は今よりも弱く、また未熟である超能力を持っていたということ以外は、特に何の強烈な個性があるでもない、そして互いに自身の能力を隠しており、知り合いでさえ無い少年と少女であった。


声が響き渡る教室。


多くの子供達は、笑顔で教室を出ていく。


公園で遊ぶ、家で宿題を片付ける、習い事へ行く。


子供達にとって、学校という箱庭から解き放たれ、それぞれの時間を過ごす時間。


それは、彼らが子供の身でありながら「自由」を自覚するには十分であったことだろう。


そんな自由に心を躍らせる一人の少女。

彼女の名は「たいら 浮美うみ」。


近所の道場へ向かう彼女は、己の意思で四歳から習い始めた拳法の道場へと向かう。


週に四日、道場へ通っていた彼女の人格は生来より破綻しており、常に血の気に飢えていた。


喧嘩となれば大喜びで相手を蹂躙し、ゲームとなれば人対人の対戦ゲームを好み、運動会では負け知らず。


そんな彼女にとって、技の鍛錬によって己の暴力性を適度に解放しつつ、それを心の鍛錬によって抑制する訓練もできる道場は最大級の娯楽であった。


そして、道場へ向かった彼女が私服から道着へ着替え終わった瞬間、全ては始まった。


「何か揺れてない?」


「皆、道場の部屋の真ん中で伏せろ!!」


叫ぶ師範。


混乱する子供達。


ある者は伏せ、ある者は師範の側へ駆け寄り、ある者は道着のまま裸足で外へ出ようとする。


しかし、容赦なく襲いかかる揺れは師範を除く子供達を吹き飛ばすには不足無く、天井はミシミシと音をあげる。


そして、三十秒も経たない内に。


「ぁ」


道場の屋根は崩落し、子供達の叫び声が聞こえる。


師範の声が止み、道場は一瞬にして血みどろの廃屋と化す。


「ぐえっ」


「ひッ……」


つい隣で拳を突き出していた少年の顔面が、浮美の眼前に落下する。


首はボトリ、ベチャリと、肉の音を立てて胴体と分断、叫ぶどころか、声を発することもできない浮美は、ただただ瓦礫の合間で歯を食いしばるしか無かった。


一滴の涙も出ず、ただ動くことさえもかなわない。


揺れが収まってから数時間後。


近所に住まう少年、「水無みずなし 翔太郎しょうたろう」に発見されるまで、彼女はずっとそこに座り込んでいた。


「君!大丈夫!?」


「……ぇ?」


人目につくリスクを考慮せず頭部と胸部が人間のままの中途半端なトカゲ人間に変貌した翔太郎は、瓦礫を避けて浮美を抱きかかえ、道場跡から飛び出す。


道場の敷地を出て能力を解除し、纏ったトカゲの細胞を溶かし落として人間の姿へと戻った翔太郎は、浮美の手を引いて、崩壊した町を走って小学校の体育館へと急いだ。


「君、二年生だよね!?どこの組か分からないけど、見た事あるよ!」


「……あ……ぇ……?」


「どうしたの、話せないの?」


「ぅ……ぁぁ……」


「分かった!話せないんだね!怖かったね!大丈夫、オレはヒーローだから!きっと、君を救ってみせる!絶対、生き残ろうね!!まずは体育館に行こう!オレや君のお父さんやお母さんも、もしかしたらもう避難してるかも知れないし!」


「……ぅ」


手を引かれるまま、翔太郎に連れられて浮美は体育館へ。


そこにいたのは、不安に苛まれ身を寄せ合う少年少女、泣き叫ぶ老婆、慌てる教師達。


非日常。


それはファンタジーのような、夢にしか見ないアポカリプスのような。


大地震は、世界の終わりを連想させるように、町どころか複数の都道府県を、僅か二分にも満たない時間で破壊し尽くし続ける。


地は歪み、海は氾濫し、人の雷、炎、水は断たれた。


「わぁ……世界の終わりみたいだね。ヒーローものでも、ここまでひどいのはあんまり見ないや」


「……ぁ」


発電機に繋いだライトは何故かプツンと音を立てて故障。


何もかもが上手くいかないと、大人達でさえ冷静さを欠くこの状況。


しばらくして、給水車がやってきた。


ラジオからは、絶えず地震情報が流れている。


夜の間でさえも揺れは絶えず、まともに眠ることもできない。


深夜、眠ることもできず半ば放心状態のまま座り込んでいた浮美のもとに、一人の老婆が毛布とビスケット、そしてペットボトルに入った茶を持ってきた。


「ほら、お嬢ちゃん。さっきからボーっとしてばっかりじゃない。こういう時こそ何か食べないと。いつ、物が無くなるか分からないんだから」


「……誰も、来ないの。パパも、ママも」


「きっといつか来るわよ!大丈夫!」


「……そう、かな」


浮美はビスケットを食べようとして、しかしそれを口に運び込むこことはできず、それはそのまま再び袋に仕舞われる。


「あっ、さっきの君!大丈夫!?何か食べた!?」


そこへ駆けつける翔太郎。


「それがねぇ……何も食べないのよ、この子」


「こういう時こそ、ちゃんと食べないと!ほら、口開けて」


翔太郎は、ブルーシートの上に置かれた袋を手に取り、それからビスケットを一枚取り出し、浮美の口へと運ぶ。


「あー……ん」


すかさず、翔太郎は水が入ったペットボトルのキャップを開け、浮美の口へゆっくりと流し込んだ。


「よし、えらい!今、君は自分を助けられたね!これで君も、立派なヒーローだよ!そういえば名前を聞き忘れてたね。名前はなんていうの?」


「……浮美」


「『浮美』!いい名前だね!オレ、『翔太郎』っていうんだ!」


「ん……ぐぅ」


ビスケットを飲み込んだ浮美は、ゆっくりと立ち上がってさらにビスケットを口へ運び、食べ始める。


そして、大粒の涙を流しながら翔太郎に抱き着いた。


「……怖いよね。ヒーローのオレでも怖いんだから、皆、もっと怖いと思うよ。……でも、大丈夫。きっと、いつか元の生活に戻れるから!」


「うっ、うっ、うう……!!でも、でも、道場の人は全員崩れた屋根に潰されちゃったし、夜になっても、パパもママも来ないし……!!翔太郎くんは……?翔太郎くんのパパとママは来たの……?」


「……ううん。オレに母ちゃんはいないし、父ちゃんは……さっき、会社のビルが崩れて死んじゃったって、先生から連絡が来た。爺ちゃんと婆ちゃんも全員死んじゃってるし……これからどうしようかなって、迷ってるとこ」


「そんな……!なのに、そんなに平気そうなの……?何で……?」


「うん。さっき、思いっきり泣いたから。どれだけ悩んでも、母ちゃんは帰ってこないし。……それに、クヨクヨしてるヒーローなんて嫌でしょ?……本当はまだまだ泣きたいし、いつもより綺麗に見える星に『母ちゃんを返してください』ってお願いもしたいけど……。それをやっても何かが良くなるわけじゃないし、死んじゃった人は戻らない。……それにオレは絶対、道場でちょっとだけ見せた超能力を使って将来……ヒーローにならなきゃいけない。だから、オレはもう泣けない」


「……元気、なんだね」


「うん。ねえ、浮美ちゃん。浮美ちゃんの父ちゃんか母ちゃんが来るまで、一緒に居ていいかな?」


「いい、けど……私の方こそ、いいの?」


「うん。……オレは確かに、君を助けた。助けた人を、ヒーローは見捨てない途中でもういいやってしないんだよ」


「……ありがとう、翔太郎くん」


その日から、二人は行動を共にすることとなった。


身寄りもおらず路頭に迷うこととなった二人は、ビスケットを差し入れた老婆を介して児童養護施設へ送られた。


しかし、そこで彼らは壮絶な虐めを受けることとなる。


サバイバーズ・ギルトと呼ばれる、PTSDの一種を発症したことで、浮美は極端に死や危険に対して極端なまでに怯えるようになり、翔太郎も翔太郎で、極端なヒーロー気質が煙たがられることとなった。


数年後。

彼女らは成長し、出来損ないと思われたが故に一切の訓練を積んでいなかった超能力が思いがけず成熟及び完成してしまったが故に、超能力を隠し切ることができなくなり、児童養護施設から超能力者養成施設へと身を移されることとなり、そこでようやく、彼らは本当の超能力者として公安に認められた彼らは、若くしてエージェントとして活動していくことになった。


しかしその中で、浮美は自身の信条、そして能力「リミナル・スペース」と部分的に一致する新たな超能力の目覚めを悟るようになる。


そして、彼女らの面倒を見ている親玉のエージェントに訴えかけて催された、浮美がもつ真の力、そのあまりにも危険な手段を強いられる解放の犠牲を募るべく、完全な超能力者がその先を目指すために開催したデスゲーム……の形をとった「出来レース」。


それが、この七宮浜島で行われている、生き残りをかけた戦い。


現段階で生存者四名、妨害者二名。


それが秘密計画、「コンペティション・オブ・Q」であった。

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