ウィーアー・ザ・ヴィラン

港町。


少女は、頭部がグチャグチャに捻り潰された何者かの死体を発見した。


「【リミナル・スペース】。……アタシは一つ理解した」


彼女は肉体に眠る記憶を呼び起こし、夢の世界を展開する。


やはり、そこに死体の主と思しき精神体は存在しない。


「人と人、マネキンとマネキン……『共感性周知』……。そうか、そういう……」


少女は夢の世界を解除し、再び目を覚ます。


すると一人、側に立っている人影が増えていた。


「このやられよう……ただの事故じゃあなさそうね。他の超能力者がやったのかしら。手間が省けたといえば省けたけど……ここまでむごい殺し方をするヤツが、アタシとアンタ以外にいると思うと……ゾッとするわ」


「不安がることは無い。オレとオマエに、敵たり得る奴らなんかいると思うか?」


「……ま、そうね。アンタがいりゃ、アタシも少しは安心できるわ」


ずぶ濡れの青年は、少女の手を取って死体が転がっている港をあとにした。


小さな町の跡には、島民達の動脈となっていたであろう、この島においては珍しく舗装された道路が敷かれていた。


尤も今では、そのコンクリートは朽ちてしまったのか、剥がれている箇所もところどころに見られるが、かつてはさぞ頼りにされていたのだろうと思わされるようなタイヤ痕が、ところどころに残っている。


「オレ達が小さい頃に集められた時でさえボロボロだった町……。より一層廃れているな」


「そうね。この辺の家のトタンとか自転車とか……前はまだ使えそうじゃなかった?」


「あまり覚えていないから分からないが……ここまで錆びていなかったのは確かだろうな。明らかに景観に混ざる『茶』」の色が多い」


青年は懐かしそうに家々を巡り、その中に配置されていた食料を漁りながら、武器として使うには十分だろう錆びたナイフを手に取った。


「お、いいじゃない。新しい武器?」


「そのつもりだ。……オマエにくれてやっても構わないが、要るか?」


「ありがとう。アンタは大丈夫?」


「オレは爪があるからな。触って夢を見せるしかできないオマエが、肉体を傷つける手段を持たないのは不安要素になる。むしろ、オマエが持っていてくれた方が心配事が減るくらいだ」


「そう。じゃあ、ありがたく使わせてもらうわね」


少女は錆びたナイフを右手に握り、廃屋の壁を蹴り破って現れた青年に手招きをする。


二人並んで港町を進む。


視線の先には廃校。


しかし、視界に映るその校舎は突如として歪みはじめ、十秒もしない内に、二人は全身から平衡感覚を奪われる。


「な、なんだ、これは……!?」


「攻撃……!?翔太郎しょうたろう!」


「分かってる!……ヴ……ヴオアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


青年は両手を握り、およそ人間の声帯から出ているものではないであろう声で叫ぶ。


骨格は張るように再構成され、肌は湿り気を帯びた厚い皮と鱗を纏い、瞳は血に染められたかのような赤へ。


「……相変わらずね。その姿も、声も」


トカゲ人間。


優に二メートルを超えるその背丈こそ範疇にこそ収まっているものの、腕の太さや足の形など、それを人間のものとして扱うには、あまりにも人間という生物について無知である必要があるだろう。


「背中ニ乗レ、『浮美ウミ』!」


「ええ!」


「……キシャアアアアアアアアアアアアア!!!」


彼は少女を背中に取りつかせ、腹を使って「地を這う」ことで三半規管に頼らず移動、歪み切った空間を脱し、辺りに立ち並ぶ廃屋を次から次へと破壊し始めた。

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