罪人と罪人

数時間後。


麗奈ちゃんと尊くんは、やっと目を覚ました。


二人は、境内に腰を下ろして脚をぶら下げている僕を見たまま突っ立っている。


そして僕も、その二人の視点に気付いた上で、振り返ることなく黙っていた。


わざわざ言うまでもなく、二人は僕の異変に気付いているのだろう。


「……何かあったんですかぁ?」


最初に口を開いたのは尊くん。


「おはよう、環くん。……明らかに、様子がおかしいよ。いつもの環くんじゃないみたい」


それに続けて、麗奈ちゃんも僕の側へと近付いてきた。


「ああ……おはよう、二人共」


「……私が女の子を殺しちゃったこと……気に病んでるの?それなら心配しなくていいよ。私、ちゃんと……受け止めたから」


麗奈ちゃんは無理に明るい口調を繕うでもなく、いつもより少し低いトーンの声で、しかしハッキリと言い切った。


「いや、大丈夫。そうじゃあ、無いんだ。そうじゃあ……」


叫び声が、あの断末魔の顔がフラッシュバックする。


麗奈ちゃん、そして僕の精神を蝕んだのは、人が今際に見せる、必死の生に対する執着。


なるほど、これでは無理もない。

むしろ、一晩寝込んだだけである程度持ち直した麗奈ちゃんが凄過ぎるくらいだ。


「大丈夫じゃないよ!様子がおかしいもん!目は据わってるし、喋り方もぽわ~んってしてる!」


「確かに、昨日と比べて明らかにトーンが低いし、喋るスピードも遅いですねぇ。夜の間に、何かあったんですかぁ?」


「ああああああああ!うるさいッ!うるさいよッッッ!ごめん!申し訳ないんだけどさ!ちょっと放っといてくれるかな!?僕も僕で限界なんだよ!」


二人は僕を気にかけてくれている、それは理解できた。


しかしその声は、ただ僕の意識を、心の中であの断末魔を整理する時間を邪魔するだけのノイズにしかならなかったのだ。


「……そうですかぁ。じゃあ、しばらくそっとしておきますねぇ。気持ちの整理がついたら、また話かけてくださぁい。タイミングはきみに委ねますよぉ。さ、ぼく達は食料でも探しに行きましょぉ」


今思えば、僕は傲慢であった。


殺し合いの最中で、かつ意図的ではないとはいえ、人を殺してしまったことで罪悪感に絞殺されそうになっていた麗奈ちゃん。


そこで僕が意図的に敵を殺すことで麗奈ちゃんよりも重い罪を背負えば、麗奈ちゃんは下を見ることで立ち直れるかもしれないと、そう思っていた。


しかし、麗奈ちゃんは強かった。


きちんと自分のした事を受け入れ、整理し、その上で割り切るところを割り切って先へ進もうとしている。


その点、僕はどうだ。


彼女よりも重い罪を背負うことで、存在を肯定しようなどと考えていた。

そして、それを実行に移してしまった。


麗奈ちゃんは下を見て前を向くような人間ではない。

麗奈ちゃんは自分の罪を受け入れることができない人間ではない。

麗奈ちゃんは、前を向けない人間ではない。


麗奈ちゃんは、弱い人間ではない。


下を見てばかりの人間は、僕だ。

自分の罪を受け入れることができていない人間は、僕だ。

前を向けない人間は、僕だ。


弱いのは、僕だ。


「……ねぇ、本当にどうしちゃったの?」


しばらくした後。


尊くんは既にこの場を離れていたが、麗奈ちゃんの方は彼について行かず、ここに残っていたようで。


強風でも吹いていたのだろうか?


「そっとしといてって、言わなかったかな……。ずっとこんな状況だからさ、疲れたんだよ。だから、しばらく放って……」


「騙されないよ。環くんのその表情……夜の間に、何かあったとしか思えない」


「そんなこと……!」


いつに無く、麗奈ちゃんが発する声のトーンが低い。


怒っているのだろうか?


心がグチャグチャにかき乱され、やり場の無い感情に精神を汚されているのはこちらの方だというのに。


「あるよね?……ある。間違いなく、ある。幼馴染の目は、そう簡単に誤魔化せないんだからね」


「あったら、何だっていうんだい?」


「だったら全部、話してよ。環くんは、私の話……にもなってなかったけど、言葉にもならない叫び、泣き声……全部聞いてくれたよね。大泣きして、疲れて寝ちゃうまで、側にいてくれて……だから、今度は私が聞いてあげなくっちゃいけないよ」


「僕は求めてないのに?」


「環くんが求めてなくても、聞かなきゃいけないの。……人は、誰かが赦さなきゃいけない。大きい気持ちには、それを聞く人が必要なんだよ」


「でも、僕はもう少しそっとしてて欲しいんだよ。まだその気持ちを吐き出すことが、今の僕にはできそうに……」


頼むから、放っておいて欲しい。

この時の僕は、心の底からそう思っていた。


「いいからっ」


しかし麗奈ちゃんは、そんな僕の肩甲骨へ手を回して強く、強く抱擁した。


「……あ」


「よしよし。……いいんだよ、環くん。抱えてばっかりじゃ辛いよね。私はもう大丈夫。大丈夫だから……今度は、環くんの話を聞かせてよ。……たとえどんな話であっても、私は環くんを赦すから。人殺しになっちゃった私を抱きしめて、泣かせてくれて……それでも私の味方でいてくれた環くんを……今度は、私が赦すから」


「あ、あ………………。ぐっ。うっ……。いや、ごめん。なんか、その……。うん。……麗奈ちゃんには敵わないな……。じゃあ、話しちゃおうかな。昨日の晩から今日の朝まで……僕が何をやってたのか……」


そして、僕は麗奈ちゃんに全てを話した。


謎のラジコン飛行機に襲われたこと、それが「ケムトレイル」という名前の能力によるものであること、そして。


……僕が、意図的に使い手の少女を崖から突き落としたこと。


口では赦すと言っていた麗奈ちゃんだが、「間違えて」ではなく、「わざと」彼女を突き落として殺したことを言ってしまえば、流石に幻滅されるのではないかと、内心かなり不安であった。


しかし、それでも麗奈ちゃんは僕を抱きしめたまま、あろうことかさらにこの頭を撫でてくれた。


「……辛かったね。よしよし」


麗奈ちゃんよりも遥かに悪意をもって人を殺した僕を、それでも抱きしめ続けてくれていたのだ。


それから一頻り泣いた僕は、尊くんが何の成果も無く食材探しから帰ってきた後、神社に積まれていた段ボールを漁ったら出てきた、やけに保存状態が良いパンを口にした。


確かに僕は、人を殺した。


そして、その意味は今となっては無くなってしまった。


それでも、僕達は生きている。


この事実を割り切るには、やはり時間がかかりそうだ。


しかし麗奈ちゃんのおかげで、少しだけ頑張れそう……否、「頑張らなくても良くなれそう」である。


僕はこの時、それだけ彼女に助けられていたのだった。


あまりにも傲慢で、あまりにも理不尽で、あまりにも勝手な僕を、それでも麗奈ちゃんは赦してくれた。


抱きしめて、一緒にご飯を食べ、名前を呼んでくれた。


本人にそのつもりがあるかは分からないが、それだけでも僕は勝手に救われた気持ちになっていた。


……麗奈ちゃんは人間だ。

僕とは違うが、ちょっとした超能力を持つ以外は普通の人だ。


それでもこの時の僕にとって、麗奈ちゃんは確かに救世主だった。

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