圏外
「どうしよう、どうしよう……ねえ、環くん、尊くん……どうしよう、私……!」
境内の石畳に跪いたまま、麗奈ちゃんはボロボロと零れ落ちる涙を拭くこともなく声を漏らした。
「落ち着いて!まずは落ち着くんだ!」
「ここまでするつもり無かったのに……。ちょっと高い境内から斜面に突き落として、山道をゴロゴロ転げ落ちてる間に逃げようって、思ってたのに……!はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
「麗奈ちゃん!気を確かに持つんだ!分かってる!分かってるから!麗奈ちゃんはこんなことしたくなかったって、分かってるから!」
「あ、あう、あああああああああああああ……」
無理に詰まった穴ボコから瓦礫をかき出すように言葉を漏らす。
しかし、懺悔しようにもどうにも正気を取り戻してもらわなくては困る。
ただでさえおかしな夢を見せられ、麗奈ちゃんの精神へのダメージは蓄積しているのだ。
そこに今、人生で初めて人を殺したという事実を血痕と肉片によって見せつけられているという。
このままでは、今度こそ麗奈ちゃんの精神が崩壊しかねない。
「麗奈ちゃん!!」
僕は麗奈ちゃんを抱きしめた。
人間の体温というものは、無性に人を安心させるものである。
「う、うっ、わっ、うわああああああああああああああああああッッッ!!!?」
僕の胸元に顔を埋め、麗奈ちゃんは支給された服がグシャグシャに濡れるまで涙を流している。
やがて麗奈ちゃんは戦いと号泣、両方の疲れが一気に押し寄せてきたのか、そのまま眠り込んでしまった。
しかし、そこで尊くんが一言。
「でも、良かったですぅ!麗奈ちゃんが殺してくれなかったら、あの子はまたこちらを襲おうと躍起になっていたところだったでしょうからねぇ!いやぁ、よかったよかったぁ!」
「尊くん?」
彼には人の心が無いのだろうか。
「何ですかぁ?その目ぇ……。麗奈ちゃんがボク達を守ってくれたのに、嬉しくないんですかぁ?」
「いや、一応人が死んでるんだから……もうちょっと手心っていうかさ……ね?」
「ボク、そういうのよく分からないんですぅ」
環境のせいというのもあるのだろうが、あまりにも無慈悲が過ぎる。
「そっか。……とりあえず、麗奈ちゃんが目覚めるまではここにいよう。それと、この話題……人が死んだことに関しては、麗奈ちゃんが目覚めても、向こうから切り出されない限り出さないでもらえないかな?」
「何でですかぁ?むしろ、麗奈ちゃんが目覚めたら褒めてあげるべきだと思うんですけどぉ……」
嫌な予感がする。
「聞きたくないけど、一応聞いておくよ。……どうやって?」
「『ベリ・チップの子を殺してくれてありがとう』、って!」
アウトーーー!!!
「デリカシーとか無いの!?」
「無くはないですよぉ?」
「嘘は良くないよ」
「嘘じゃないですぅ!」
嘘じゃないだって!?
その「嘘じゃない」という発言まで嘘にしか聞こえない。
「人を殺してしまった」という事実を視界いっぱいに突きつけられ、打ちひしがれている少女を前に、「殺してくれてありがとう」は無い。
そして、本人がデリカシーの無さを自覚していない、と……。
いや、「総合的にみてデリカシーが無い」というわけではなくて、「人殺しに罪悪感を感じる」という感覚を知らないだけかもしれない。
いずれにせよ……麗奈ちゃんが立ち直るまで、尊くんがいらんことを言わないように対策を講じておかなければ。
「……とにかく!世の中には、罪に問われない環境でも『人を殺してしまうのはとてもいけないことだ』と思って、自分で自分の心を追い詰めてしまう人だっているんだよ。……っていうか、多分だけどかなりの人がそうだよ。そして、麗奈ちゃんもそうなんだよ。だから、間違っても『殺してくれてありがとう』なんて言っちゃダメだ」
「じゃあ何て言えばいいんですかぁ?『何で殺しちゃったんだ!ちゃんと境内から落ちても生きて帰れる高さかどうかチェックしなかったんだ!』って言えば良いんですかぁ?」
「そういうことでも無くて……!ああー!もう!人殺しを肯定するのはダメ、責めるのもダメ!……とにかく、この件に関しては何も言わないで!……オーケー!?」
「わかりましたぁ。……意味はわからないですけどぉ」
とりあえず、尊くんにはしばらく黙っていてもらうことにした。
麗奈ちゃんと尊くん、この二人は少なくとも「殺人」に対する価値観がほぼ真逆だと思われる。
同じ人間でも、生まれついての性格やら育った環境やらで価値観や倫理観といったものは大きく違う。
どんなに仲が良い友達同士でも、相容れない点が一つくらいはあるものだろう。
そして、尊くんはそれをイマイチ理解していないらしい。
……ぶっちゃけてしまうと、僕にとっては尊くんの発言権よりも、麗奈ちゃんの精神衛生を守ることの方が大切だ。
僕は密かな怒りと悲しみを胸に、麗奈ちゃんをお社の中へと運ぶのであった。
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