ベリ・チップ 後編
こちらへ迫る三匹の狼。
「【コイントス】!」
僕が投げたコインは宙へ、そしてキャッチするとそれは、「表」で左手の甲に乗っていた。
「それっ!『ファイブジー』!」
麗奈ちゃんはスマホをお社に届くまで投げ、能力を使ってワープ……。
と、見せかけて、真っ正面から狼へ突撃する。
「そんな。ワープ、してない……?」
麗奈ちゃんは能力を使う時もフェイントの時も、結局「ファイブジー」としか発音していない。
「へへっ!ただのフェイントだよっ!!それっ!!」
投げ飛ばされたスマホへ視線を向けた狼は、フェイントを食らった。
麗奈ちゃんの能力を対策するために背後を向いたハズが、背後を向いてしまったがために、本来は正面であった方向が、狼にとって後ろになってしまったのだ。
「ギャンッ」
そのまま蹴り飛ばされ、三匹の内一匹は滑落していく。
「くっ……皆、あの『麗奈』って女の子を狙って……」
「ボクを忘れてもらっちゃ困りますねぇ!」
「キャンッ」
そして麗奈ちゃんに気を取られている狼達の背後へと素早く回り込んだ尊くんは、さらに一匹を蹴り落とす。
「突撃しなさい、【ベリ・チップ】!あの人達の体内へ入り込むのよ!」
狼は、最後の一匹も麗奈ちゃんに蹴り飛ばされた。
それを見て、もうなりふり構う事をやめたのだろうか。乱れ髪の女の子はマイクロチップを浮遊させてこちらへ飛ばしてきた。
スピードはあまり早くないが、かなりの量が向かって来ている。
しかも、体内に入り込むとか言っていたような。
おそらく一個でも体内と体外を繋ぐ穴を通してしまったが最後、人間でさえもあの狼のように、「ベリ・チップ」によって操り人形とされてしまうのだろう。
「やっ!うおっ!うおおおおおおおおっ!!危ないッ!」
ミサイルに囲まれたロボットの気持ちが、今なら解る気がする。
殴るなり蹴るなりすれば簡単に壊れてしまいコントロール下から外れるらしい。
故に迎撃は簡単だが、本当に多い。
くどいようだが、本当に数が多いのだ。
「どうしましょう、このままじゃ押し負けちゃいますよぉ!」
「くっ……!ダメだ、多すぎる……!」
「ねえ、環くん!尊くん!ちょっとだけ、注意を引きつけておいてくれない?」
「分かった!」
「了解ですぅ!任せてくださいっ!」
麗奈ちゃんは、閃いたとばかりにニヤリと笑みを浮かべる。
何を考えているかは分からないが、あの笑みは何かを確信した時でも無い限り出ないものだ。
それに、あの麗奈ちゃんが背中を預けてくれたのだ。
期待に応えないという選択肢は無い。
僕と尊くんが次から次へと飛来する大量のマイクロチップを殴り落としている間、麗奈ちゃんは境内に座る乱れ髪の女の子を指差し、何かを測るように首や指の位置をずらしながら、何かしらの調整を続けている。
「まだ……?そろそろキツいんだけどな……!?」
数十秒間、二人で麗奈ちゃんを守るようにマイクロチップを殴って落とし続ける。
しかし、そろそろ限界が近い。
殴る際の勢いが乗った腕ならほぼ触るだけで落ちるとはいえ、そもそも単純な手数で負けている上に、当然ながら人間の肉体というものは疲労が溜まるものなのだ。
そして疲れるということは、これまた当然ながらパフォーマンスが下がるということにもなる。
とうとう尊くんが落とし損ねたマイクロチップが、彼の口を今にもこじ開けて体内へ侵入せんとした、その時。
「見つけた!……あそこだああああああああっ!」
麗奈ちゃんは能力を使いお社の中から無限にもマイクロチップを飛ばす少女のすぐ近く、距離にして一メートルも無い至近距離へと移動した。
移動するまでにここまで時間がかかったのは、移動できる対象が多すぎてどのマイクロチップへ移動するか定めるまで難しかったから、らしい。
「……な、なんで」
「【
「「おおー!」」
うろたえる乱れ髪の少女に、麗奈ちゃんは顔を近付ける。
「どうしてここまで……?貴女はスマホを投げていないのに……!」
「マイクロチップは『電波を発する』!思い出したんだよ!君の能力が、作り出してる『ベリ・チップ』が、皆が使ってるマイクロチップと同じものかは分からないけど……チップを使って動物を操ってるなら、脳から神経を伝って身体を動かす電波を操るのかなって思って!それで今、君はフワ~ってチップを浮かばせてたでしょ?それも電磁波の力を使ってるのかなって思ったの!」
「……厄介ね。貴女のような、馬鹿っぽい割に自分の能力は理解している超能力者は」
「バカって言った!酷いよっ!」
「……はぁ、もういいわ。とにかく、ここまで近寄られた時点で私の敗北よ」
「降参してくれるってこと?」
「ええ。もう、貴方達のことは攻撃しないと誓うわ。この神社からも出て行ってあげる。だから、その……一旦、離れてもらえないかしら?」
「いいよ!はいっ!」
麗奈ちゃんは、乱れ髪の少女に促されるがまま後退する。
この幼馴染、少しばかり素直すぎる上に抜けているきらいがあるのだ。
「貴女のことは『馬鹿っぽい』と言ったけれど……訂正させてもらうわ。貴女は、『本物の馬鹿』よ」
「どういうこと!?」
「……私から離れたら、攻撃できないじゃあないの。」
「はっ!?」
……素直で抜けているところの例。
まさにこういうところである。
「【ベリ・チップ】。今度はチップを全身から出すのではなく、一箇所。左手だけに集中させる。そうすれば、貴女が私に最も近い箇所にあるチップに移動したところで、貴女が移動してくる場所は大体分かってしまう。……貴女が本物の馬鹿で良かったわ」
乱れ髪の少女はマイクロチップを左手から放出する。
「そんな!せっかく信じてあげたのに!」
「人間を信用しない人間の言う事なんて信じない方が良いわよ」
「……もう許さない!【
それでも、麗奈ちゃんは再び能力を使う。
「無駄よ!私のチップは、全て視界に入れて……!」
マイクロチップは、どれもあの女の子の背後には浮かんでいない。
どのチップに移動しても、少女の背後をとることは出来ないのだ。
「それっ!背後、取っちゃった!」
しかし、麗奈ちゃんの身体は少女の背後に現れた。
「ま、また……どうして、私のチップは確かに……ハッ!」
そういえば……三匹の狼が襲いかかってきた時、麗奈ちゃんはその内の一匹にフェイントを仕掛けるため、お社へとスマホを投げていた。
「そう!あのフェイントには、私がいつでもここに移動できるようにスマホを投げるって意味があったんだよ!君は私の能力を知っていたからこそ、『狼の後ろに移動すると見せかけたフェイントに使われたスマホ』がどこに着地するかなんて気にしてなかったでしょ!」
「そ、そんな……!全て上手く行くと思っていたのに!私の能力があれば、動物達の力があれば、他の能力者なんて目でも無いと思っていたのに……!」
少女はその場に崩れ落ちる。
「さあ、どうしてあげよっかなー!もう許さないもんね!」
麗奈ちゃんは拳と指をパキポキと鳴らした。
「ああーー!!もうッ!何で!何で何で何でなんでなんでなんでなんでなんでなんでェェェェェ!!私ってば、何でいっつもこうなのよォォォォォッ!昨日もトカゲみたいな人間みたいな怪物にチップを仕込み損ねて怪しまれた!そこら中を探し回られて怖かった!さらに何かチップを仕込んだ動物を介して他の超能力も使われた!チップだらけの変な世界に連れ去られて、危うく殺されかける夢を見せられた!今日も!自分の能力をワープに利用された!……もーーーういいわ!この包丁一つで、全員殺してあげるわァァァァァァ!!」
……おそらくトカゲみたいな怪人というのは、僕が初日に遭遇した例のトカゲ人間と、動物に仕込まれたチップを介して夢を見せた能力者というのは、今朝、麗奈ちゃんを攻撃して精神をおかしくした能力者と、それぞれ同一人物だろう。
少女はすっかり落としてしまっていた包丁を拾い直して構え、麗奈ちゃんの方へ向き直って突き出す。
しかし、どうやら動き慣れていない「ベリ・チップ」の少女とは違い、格闘戦に慣れている麗奈ちゃんは容易く包丁を蹴り飛ばした。
そして、
「そらっ!もう逃がさないよ!ボコボコにしてやるっっ!!」
「あ、わ……わァァァァァァァァァァァァッ!!?」
「やっ!それっ!はっ!せいっ!やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
麗奈ちゃんは少女の胴体に何回も拳を捻じ込み、さらに蹴り飛ばして、お社から追い出した。
「へ、へぶ、ぶへぇ……も、もう勘弁して頂戴……!!」
「え、えげつないですぅ……」
「だね……」
一歩引き、麗奈ちゃんを見守る僕と尊くん。
……この猛攻には、ついて行ける気がしない。
「よーし!トドメ!!」
「ひいいいいいいいいいいいいい!!?」
麗奈ちゃんは地に跪いた乱れ髪の少女を、思い切り蹴り飛ばしながら、崖際へと引きずり回して連れていく。
そして、
「それっ!!どこまでも転がっていけばいいんだーーっ!!」
「ベリ・チップ」の使い手である女の子を、境内から山の急斜面へ転がるように蹴り落とした。
「きゃあああああああああああ!!?」
少女の悲鳴が遠のいていく。
そして数秒後。
ちょうど崖の下辺りから、「ダァァァーーンッ!」と、何かが弾けるような音がした。
「麗奈ちゃん?……もしかして」
「もしかして……ここの崖下って、思っていたより低いの……!?」
「さっきの音は……この分なら大丈夫そうですねぇ!」
急いで崖の下を覗く麗奈ちゃん。
「オエエエエエエエエッッッ!!!」
激しく嘔吐。
「大丈夫!?」
「……どうしよう。私……初めて、人を殺しちゃった」
そして麗奈ちゃんは涙を流しながら、ゆっくりとこちらを振り向いて呟いた。
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