ベリ・チップ 前編

寂れた……どころか、すっかり朽ちてしまった七宮浜神社のお社には、乱れた黒髪の少女。


ここは超能力者同士の殺し合いが行われている七宮浜島。


さらに、この神社へと続く道で遭遇したのは狂暴化した動物達。


……少なくとも、この少女が僕達と同じ超能力者であることは確かだろう。


そして、彼女が友好的にはとても見えない。


右手に握られた包丁と、左手で大量に握っている謎の黒い粒が何よりの証拠だろう。


「あの人……どうしたんでしょうかぁ?」


「うわっ、あの子、包丁持ってる!!」


「味方……じゃあ、無さそうだね」


環くんを前へ、僕と麗奈ちゃんは後ろに控えて数歩、少女へゆっくりと接近する。


すると少女はこちらを指差し、それと同時にお社から飛び出してきた狼も、指差された僕達を睨みつける。


「狼……!こっちに来ますよぉ!」


「それっ!!【電波少女ファイブジー】!」


一点を見つめ、狼はこちらへ突っ込んでくる。


麗奈ちゃんはスマホを投げ、その数秒後に能力を使って狼の背後へと回り込む。


しかし。


「後ろ。同じてつは踏まないわ」


「えっ……!?」


それを何故か読まれていたのか、狼は麗奈ちゃんの左脚に噛みつく。


「麗奈ちゃんッ!」


「【共感性周知シンクロ・ノイズ】!さらに!【共感性シンクロ……!」


尊くんは麗奈ちゃんへ駆け寄り、自らにもその怪我をうつした直後、狼にもそれをうつそうとする。


しかし狼は瞬く間にバックステップで距離をとり、尊くんの「共感性周知シンクロ・ノイズ」から逃れる。


「う……!」


「距離が……足りないぃ……!?そんなぁ……!」


どうやらリーチが足りなかったようである。


僕は二人の側へ駆け寄り、尊くんは僕の「無傷な足」という状態を自身と麗奈ちゃんに移すことで傷を癒す。


「尊くんの能力、距離に制限あったんだね」


「指先から五メートルが限界だと思いますぅ……助かりましたぁ、ありがとうございますぅ、環きゅん」


「あの狼、何で私がワープできるって事……知ってたんだろう?」


麗奈ちゃんは、治り切った脚をさすりながら呟く。


狼が、何かしらの形であの子の影響下にあることは確かだ。


能力者らしきあの人が、どこかからずっとこちらを見ていたのだろうか?


この神社は小山の上にある。

確かに、高台である上から僕達をずっと見ていた……と言われれば納得できなくは無いが……しかし、そもそも上からこちらの姿を捕捉したとて、木々が生い茂る森の中をずっと目で追い続けることができるものだろうか?


では、僕達を尾行してきていたのか?

……しかし、そうとも考えにくい。


そもそも人の気配がしなかった上に、「僕達を尾行していた人間が割と余裕そうな表情で神社へ先に到着している」というのも変な話だ。


それに、この女の子が僕達よりも早いスピードで、かつ一方的に視認できる程度の距離感を保ちつつ、そして階段を使わずに或いは階段を使っても僕達にバレない程早く境内に登る……なんてことができるようには見えない。


トライアスロンやボルダリングのアスリートでも流石に無理があるだろう。


或いは、こうした自然の中での行動に長けた能力……例えばトカゲ人間だったとするならば、手懐けた動物を使って遠距離からの暗殺をするならともかく、せいぜい三十メートルも距離が開いていない状況で、わざわざ狼なんかにこちらを攻撃させる意味が分からない。


あの女の子がトカゲ人間の本体なら、本人が戦った方が間違いなく強いのだから。


僕と麗奈ちゃんの直接攻撃や尊くんの能力を恐れているのか?


それにしたって、自分自身がこちらを即死させられるトカゲ人間なのに、わざわざ、中途半端に肉を噛み切って変に傷つけるだけの狼をわざわざこちらに向かわせる意味が分からない。


しかし、あそこまで自らが近付くことに消極的な立ち回り……。

あの人がトカゲ人間であるという線は消えたに等しいだろう。


では、何故狼が麗奈ちゃんや尊くんの能力を知っていたのか。


……あの女の子が左手でジャラジャラ言わせているあの黒い粒。


「麗奈ちゃん、あの女の子の左手に握られてる黒い粒……見覚えが無い?」


「何あれ……?あっ!!猫ちゃんの口から出てきたやつに似てる!」


「やっぱり、そうだよね。アレ……マイクロチップだと思うんだよ」


「あー……マイクロチップ!テレビで見た事あるよ!都市伝説の番組で、身体にマイクロチップを注射して、その手で自販機にピッてやるとお会計ができるの!」


電子決済ができるマイクロチップのチップ、テレビ番組でも取り上げられた新技術だ。


「そう。そして……他の動物にも、あの黒いものが仕込まれていたとしたら……?」


そして、それに付随する陰謀論が一部の界隈で騒がれたことも度々ある。


「ベリチップ」。


陰謀論として囁かれる、「人体に様々な手段をもって埋め込んだマイクロチップで、いつしか全人間を操る計画がある」という話。


「あの時の猫ちゃんと、生き残った三匹目の狼さん……。吐いた黒い機械がマイクロチップで、猫ちゃんも狼さんも、私に蹴られてそれを吐いたから正気に戻って逃げた……?」


「そうなんじゃないかなって、僕は思ってる。もっと言えば、他の狼も僕達を殺しかけた蛇も……そして今、目の前にいる狼も。……あの女の子がどれだけチップを持ってるのか、チップを仕込んだ動物を、あとどれくらい控えさせてるのかは分からないけど……多分、あの人自体はそんなに強くないと見えた」


「あの狼が私とか尊くんの能力を知ってたのも、全部あの子が今までの動物との戦いを見てたからってこと?」


「そういうこと。……だから、僕達のタネも仕掛けも全部バレてる。」


「つまり……どういうことですかぁ?」


「境内で座ってるあの人は敵。そしてあの人の能力は、多分だけどマイクロチップを飲み込ませた生き物を操る能力」


「なるほどぉ、つまり全部あの子のせいってことですかぁ」


「そうだと思う。……違うかい?そこに座り込んでいる君?」


「……驚いたわ。ここまで早く、能力を看破されるとは思わなかったもの。『ベリ・チップ』って名前までバレるとは思わなかったわ。やっぱりメディアは厄介ね」


お社に座り込む少女は、ゆっくりと立ち上がってこちらを睨みつける。


「当たりってことでいいんだね。……ねえ、『ベリ・チップ』の君。その能力を解いてもらえないかな?僕達に敵意は無い。……ぶっちゃけ、色んな動物に襲われたり、蛇に殺されかけたりしたことには怒ってるけど……君が仲間になってくれるなら、今までのことは水に流すよ。どうだい?」


「お断りよ。貴方達の三人の内、誰が妨害者とも分からないのに。……ウチは誰も信用していないの。それに、もし生き残ったら賞金が貰えるんでしょう?そもそもそれすら信用していないのだけれど……山分けするのも、それはそれで癪に障る。だから、私は決めたのよ。……敵は全員殺す。全員殺して、私は生き残る」


「そうか……寂しいな」


「この島の動物は、『ベリ・チップ』がある限り私の味方も同然よ。私はこの島にやってきた初日に、能力を使って生成したマイクロチップを、丸一日かけて島の動物達に飲み込ませている。今の時点で、この島に生きている動物達の大多数は、もはやいつでも私の操り人形として動かせるの。そんな私が、わざわざ扱いにくい人間の味方を用意する理由なんてあるかしら?」


ベリ・チップの少女は、さらに控えさせていた狼を二匹呼び出す。


そして再びこちらを指差して、三匹の狼がこちらへと走り出すと同時に少女は瞳を閉じ、狼の瞳と視界を共有させた。


「ふーん。まあ、いいんじゃないかな……って、言いたかったよ。その答えが、君が僕達の敵になるって事を意味しなかったのなら、ね!!」


「どうとでも言えば良いわ。貴方の肯定なんて、私には必要ない。……さあ、始めましょう?」


「望むところだよっ!」


麗奈ちゃんは、僕と尊くんよりも一足先に走り出した。

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