フォールダウン

尊くんの圧倒的なまでの力。


自分の肉体が置かれている状態を相手にも押し付けるようにコピーさせたり、逆に相手の肉体が置かれている状態を自分にコピーしたりできる能力。


僕と麗奈ちゃんの毒が治ったのも、健康な自分の肉体が置かれている状態をコピーして押しつけたからだと本人は言っていた。


それにしても。


「尊くん。さっきのやつ……痛くないの……?」


「痛いですよぉ。死ぬほど痛いですけどぉ……もう慣れちゃいましたぁ」


この迷いの無さと能力の使い方は、ここまででは無いにしろ見習いたいものがある。


恐る恐る尊くんへ近寄る麗奈ちゃんだったが、その怖がりようなど意にも介さずといった様子で、彼はすまし顔をしている。


……尊くんがどんな人生を辿ってきたかは知らないが、それが並のものであるハズが無い。


僕と麗奈ちゃんは、そんな彼に少々引き気味になりつつも三人で足並みを揃えて先へ先へと進んで行く。


木々の合間を抜け、草を踏み、高台に建つ寂れた神社へ。


わざわざ葉と葉の合間から覗くまでもなく、鳥居が見えてきた。


距離はそこまで離れていなかったが、道中で襲撃やら救援やらが色々とあり過ぎたせいか、かなり長く感じた。


新たなる安全地帯を求めて神社へ向かう道中で、まさか死にかけることになるとは思わなかったが……そこで新たな超能力者と出会えたのは、コイントスの結果が裏と出ただけに、不幸中の幸いであったということだろう。


「あー!やっと着いたー!長かったよーっ!!」


「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……」


「ボクも疲れちゃいましたぁ~。……ふぅ~!」


とうとう色を失った鳥居の前で、膝に手を置いて溜め息をついたり伸びをしたりする麗奈ちゃん。


尊くんも境内へと向かう最後の階段に座り込み、休憩を始めようとする。


しかし、こんな状況こそ気を緩めてはいけない。


「【コイントス】!」


僕はコインを宙へ弾き、手の甲でキャッチ。


……結果は裏。


「どうだった?コイントスの結果!」


「裏。まだまだ油断は出来なさそうだよ」


「そっか~。環くん、尊くん!早くお社があるところまで行っちゃおうよ!多分階段の上だよ、ほら、上ろっ!」


運が悪いのならば、せめてフィールドだけでも整えておいた方が良いと考えたのだろうか。

麗奈ちゃんは、急いで階段を上り始める。


「分かった!」


「あっ、待って下さい~!!」


後に僕、環くんと続いて階段を上っていく。


この階段が思っていたよりも長く、三十度はありそうな急斜面に無理矢理作られたものといった具合だ。


麗奈ちゃんは一足先に階段を上り終え、こちらを見下ろして手を振ってきた。


「おーい!着いたよー!意外と立派なお社があるよー!」


僕も手を振り返し、ペースを上げて階段を上る。


境内まであと数段。


しかし、そのタイミングで麗奈ちゃんは胸部から前へ。


そして境内から僕達を見下ろしていた麗奈ちゃんにとって、前というのはつまり階段という訳だ。


滑落。


「麗奈ちゃんッ!!」


僕は、その二文字が脳によぎった瞬間、麗奈ちゃんの両肩に狙いを定め、右腕でラリアットをするようにして身体を受け止める。


しかし、重力にコントロールを奪われた身体というのは思ったよりも扱いにくく、また、重力の影響を受けやすようだ。


「うわわわわわわわわっ!!?」


「うおおおおおおおおおおおおッ!」


咄嗟に腕を出した僕だったが、流石に無理があったようだ。


僕の身体は下へ下へと引っ張られ、ついに足は段を踏み外す。


「環くんまでええええ!!?」


そして、僕と麗奈ちゃんは仲良くかなり下の段辺りまで落ちて行ってしまった。


「尊くんがいるなら……!」


落下中、身体がふわりと浮く。


僕は麗奈ちゃんを抱き寄せ、出来る限りの受け身をとる。


「環くん……!?」


「う、ア……」


麗奈ちゃんを強く抱きしめながら、背中から着地。


「えっ、嘘……環くん!」


僕がクッションになったことで麗奈ちゃんはほぼ無傷だったが、勢いに抗えず頭を強打した僕の視界は一瞬で暗転した。


境内で麗奈ちゃんの身に何があったかは知らないが、とりあえず、麗奈ちゃんが無事で良かった。


ここで尊くんが僕の意図に気付いてくれたら……きっと、僕はまだ退場せずにいられる。


どうか気付いてくれ、尊くん……!


「【共感性周知シンクロ・ノイズ】!」


流石だ。


限界ギリギリまで暗黒の渦を漂うように耐えていた意識が、みるみる心身の隅へと行き渡る。


尊くんは自らの無傷という状況を僕に共有して、瞬く間に傷を癒してくれたのだ。


「ありがとう、尊くん……」


「身代わりになってでも麗奈ちゃんに怪我はさせまいとする環きゅんの覚悟、確かに伝わりましたよぉ。大怪我くらいなら近くに健康な人がいれば治せるからって無茶するボクも大概ですけどぉ……環きゅんも中々にブっ飛んでますねぇ。ボクが守られた訳じゃないのに、ちょっとキュンときちゃいましたよぉ」


「尊くんが僕の意図を組んで、すぐに身体を治してくれたからだよ。ありがとう」


起き上がった僕と尊くんはハイタッチ。


そして、麗奈ちゃんは目に涙を浮かべながら僕に抱きついてきた。


「良かった、良かった……環くんが無事で……!ごめんね、私が階段から落ちちゃったせいで、無理させちゃって……!尊くんも、ありがとう……!」


「いいんだよ。それよりも麗奈ちゃん。明らかに階段からの落ち方が不自然に見えたけど」


「そうなんだよっ!私、押された!後ろには誰もいなかったのに、誰かに押されたの!」


案の定、麗奈ちゃんは誰かに押されたようだった。


階段を見下ろしているにしても、足元からではなく頭部からでもない、胸部から落ちていくことなど、普通ならあり得ないハズなのだ。


七宮浜神社の境内には、「何か」がいる。


それが人間か獣か、はたまた穢れた神なのかは知らないが、少なくとも、お相手はこちらの邪魔をやめるつもりは無いらしい。


しかし、だからといって今までの道を戻って「ディープ・ステイト」と戦った建物へ戻るというのは、敵対者や危険な動物との遭遇率を高めることになってしまいかねない。


特に、トカゲ人間とはその建物付近の森で遭遇したのだ。


この辺りでは、何があってもおかしくない。


僕達は再び足並みを揃え、階段を上っていく。


境内へ。


一本踏み出し、お社だったらしき小さな小屋を見つける。


しかし、そこにいたのは神様では無く。


「来て、しまったのね……他の超能力者の人達……でも、丁度いいわ。合法的に人間を『駒』に出来る機会なんて、そうそうありませんもの……」


見るからに常人ではなさそうな禍々しい雰囲気を漂わせ、ご神体らしきものからゆっくりとこちらへと目線を移す、乱れ髪の少女であった。

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