「共感性周知」の力

山の麓にて。

僕、麗奈ちゃん、尊くんの三人は神社の鳥居を見上げる。


七宮浜神社まであと少し。


神社が安全地帯とは限らないが、高所に仮拠点を置いておくことは、ただそれだけでも今後の生き残りを賭けた数日間を過ごす上でいわゆる……「時間稼ぎ」に、とても良いのだ。


危険を冒してでも、向かうだけの価値はある。

……もっとも、今回ばかりは本当に尊くんの助けなくして僕達の命は無かったが。


「もうすぐ神社か。食べ物とかあったらいいな」


「そうですねぇ。ぼくもお腹減ってきちゃいましたよ」


ディープ・ステイトと戦った建物から持ち出してきた栄養バーとライムは、先ほど一本だけ残っていたものを道中で尊くんに渡したため、早くも底を尽きてしまった。


三人共、しばらくは何も食べなくても「最低限」過ごしていけそうではあるが……。


とことんまでエネルギー消費を抑えて、ほぼ眠ったまま生活するというのは……。


いつ殺されてもおかしくないこの島にいる以上、それが得策であるとは到底思えない。


「近くに湖か川、あるかなー!お風呂入りたくなっちゃった」


そんな中、麗奈ちゃんは風呂の心配をしているようだ。


何を言っているんだ……と思ってしまいそうだが、考えてみれば、この島に一週間閉じ込められるということは、最悪の場合、丸々入浴できない日がそれだけ続くということになる。


臭いが原因の士気低下をを防ぐためにも、そういった風呂及び風呂の代わりになるものは探しておいた方が良いかもしれない。


まず必要な食糧や寝床と比べれば優先順位は下がるが、見つけておいて損は無いだろう。


「【コイントス】」


僕は右手でコインを宙に弾いて、


「環きゅん?」


「あっ、尊くんは環くんの能力……知らないんだったね」


「うん。ボク、麗奈ちゃんの能力も知らないよ」


「そう。じゃあ、見ておくといいよ!環くんの能力!」


「そぉぉーーーれッ!……っと!」


そのコインを左手の甲でキャッチ。


「うわぁぁーー……?何々!?これから何が起きるの!?」


期待に胸を膨らませている尊くん。


しかし、ボクの能力はそこまで大層なものだはない。


「裏ッ!?こ、このタイミングで……!」


「環くん!?どうしよう、気を付けておいた方が良い!?」


「うん!神社までもう少しだけど、警戒は怠らないで!」


「えっ、何ですかぁ、何かあるんですかぁ!?」


「僕の能力は『コイントス』!二択の運試しで、本当に自分の運が解っちゃう能力!!そしてコインは裏だった!つまり今の僕はツイてないってこと!」


「わわわわ、そんな力が!ボクのとはタイプが違いますけどぉ、便利そうな能力ですねぇ!?」


「便利だけど、本当に自分の運がわかるだけだから……状況は変わらないっていうのが弱点なんだよね」


「大丈夫ですぅ。悪いことが起きるタイミングが掴めるなら、あとはボクが何とかできるのでぇ!」


……と、思わず能力の弱点を喋ってしまったが、バレたところで弱点が増える能力ではないのだ、もし尊くんが裏切ったとしても、状況が変わっているような情報ではないだろう。


それに、現状では尊くんを疑う理由も無い。


……しかし、不安な要素があるとすれば、それは尊くんの能力が何なのか、全くわかっていないということだ。


何らかの形で僕と麗奈ちゃんを解毒してくれたのは確からしいが、こちらは肝心の「どうやって」解毒したかを一切説明されていない。


謎に包まれた、尊くんの能力。

彼女……ではなく、彼を信頼していないわけではないが、能力を知らずして連携をとるというのは少し難しい。


「ところで、尊くんは?」


「ん?」


「尊くんは、どんな能力なの?教えて!」


僕が聞くより先に、麗奈ちゃんが尊くんのもつ超能力が何たるものかを問う。


「ボクの能力は……いや、説明するより、先に使った方が良いかな?」


尊くんが指した先にいたのは、一匹の鹿。


そして鹿は、自分を指差した尊くんに気付くなり、迷う素振りもなくこちらへと突っ込んできた。


「やっぱりツイてない……!」


「どうする!?スマホ投げる!?」


「スマホを投げてどうするつもりなのかは分かりませんけどぉ……心配要りませんよぉ」


焦る僕と麗奈ちゃんを横目に、やけに冷静な尊くん。


地面をうろついていた山アリを捕まえると、あっという間に右前脚以外の手脚と下半身をもぎ取ってしまう。


「突然どうしたの尊くん!?……ええーい!私、行ってくるよ!【電波少ファイ……」


「【共感性周知シンクロ・ノイズ】」


そして、スマホを鹿の背後めがけて投げようとする麗奈ちゃんを止め、尊くんは自らの能力を発動させた……ように見える。


「シンクロノイズ」と聞こえた。


尊くんがその言葉を呟くと、あろうことか、尊くんの下半身と左手は千切れてしまった。


「えっ……!?」


「な、何をやってるんだァァァァァッッッ!?尊くん!?突然、腕が、千切れて……!!?」


「……【共感性周知シンクロ・ノイズ】」


しかし続けて尊くんは能力を使う。


するとこちらへ突っ込んできていた鹿は、尊くんの眼前にてあっという間に全身から血を噴出させながら転倒。


「ピャァァァ」


鹿は悲鳴をあげる。


下半身と大量の血液を失ったせいか、その場で崩れ落ちるように座り込んでしまった。


「【共感性周知シンクロ・ノイズ】」


さらに、尊くんは能力を重ねて使う。


今度は何が起こるのか。

今にも息絶えそうな鹿が爆発でもするのだろうか。


しかし次の瞬間、今度は傷ついた尊くんの身体がすっかり何事も無かったかのように一瞬で癒やされた。


「何が……起こったの?」


ポカーンと口を開け、硬直したように驚く麗奈ちゃん。


「これが、尊くんの能力……?」


しかし、それは何も麗奈ちゃんだけの話ではない。


僕も麗奈ちゃんも、この十秒も経たないうちに目の前で何が繰り広げられたのか分からなかった。


「……そうですよぉ。これがボクの能力。『共感性周知シンクロ・ノイズ』。近くにいる生き物と自分が置かれた身体の状態を同じにしたり、逆に誰かの状態を自分にも反映させちゃったりできる能力ですぅ。周りの状況と使いようによっては、誰よりも強くなっちゃうかもしれませんねぇ」


尊くんの超能力、「共感性周知シンクロ・ノイズ」。


僕達はその圧倒的な能力の前に、ただただ戦慄するしか無かった。


狂気の沙汰ほど何とやらとは言うが、一時的なものであるとはいえ、涼しい顔をして自身の下半身と片腕を千切るのは完全にイカれているとしか思えない。


しかし同時に、そんな尊くんが味方で本当に良かったとも思った。

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