獣の戯れ

麗奈ちゃんが三度みたび目覚めてから数十分後。


麗奈ちゃんが何者かの攻撃を受けた以上、僕も麗奈ちゃんも、いつまでもここに留まっている訳にはいかない。

ということで腰を落ち着かせる場所を変えるべく、僕達は終始何のために建てられたのか分からないままであった建物を去った。


麗奈ちゃんは付近にある電波の出所を探し、スマートフォンを持った人間の反応が無いことを確認しつつ僕の先を行く。


そしてその後ろを行く僕はコインを投げ、自身の運を見極める。


結果は裏。


やはりずっとツイている、という訳にはいかないらしい。


「麗奈ちゃん。今、コイントスをやってみたんだけど……。どうやら運は僕から距離を置いたみたい、気をつけて」


「分かった。……ところで私達、これからどこに行くの?環くんの道案内に従ってここまで来たけど、どこに向かってるのか分かんないのは怖いよ」


そういえば、麗奈ちゃんに目的地を教えていなかった。


……そこは、マップ上では義経と戦った建物の北側であり、トカゲ人間と遭遇した森の北東。


今まさに僕達が歩いている丘を一つ越えた先の小さな山にある、小さな神社。


マップ上では森の中に位置しているためか、この辺りは森の中程では無いにしても草木が道を彩っている。


「『七宮浜神社ななみやはまじんじゃ』。麗奈ちゃんの地図にも名前は書いてあるハズだけど、この島に人がいた時は憩いの場になってた神社なんだって」


「へー!神社かぁ……。神社だったら、確かにお社とか御神木とか……隠れる場所なら色々ありそうだし、いいかもね!」


「でしょ?……あっ、猫だ」


「えーっ!?どこどこ!」


「ホラ、あそこ」


「わーっ!本当だ!かわいい!」


僕は丘の上で一匹、ポカポカとした日の光に当たりながら腹を見せて眠る猫を見つける。


それを猫好きの麗奈ちゃんが聞き逃す訳が無く、僕が猫を指差すなり、すぐに走って行ってしまった。


「あっ、待ってよ麗奈ちゃん!」


麗奈ちゃんが近付くと、驚いた猫はすぐさま威嚇。

それでも手を伸ばす麗奈ちゃんだったが、猫にその手を引っ掻いてあえなく退散。


しかしこちらへ戻ってくる麗奈ちゃんを、あろうことか猫は追撃しようと試みて背後から飛び掛かってきた。


普通の猫はここで後は逃げたり威嚇を続けたりするものだろうが、まさかの追撃。


この島の猫は攻撃的なのだろうか。


「うわっ!?」


背に飛びつき、首元へ爪と突き立てる猫。


「危ないッ!!」


僕はすぐさま麗奈ちゃんの元へ走り、今にも麗奈ちゃんの肌に爪を食い込ませんと構えている猫を殴り飛ばした。


「び、びっくりした……!」


「な、何だあの猫……」


「ゴアッ、ゴアッ!カハッ!コアアッ!!」


僕に殴り飛ばされた猫は、その場で激しく咳き込む。

そして、何かドロリとした固形物を吐き出した。


「猫ちゃんが……でも、ありがとう」


少し悲しそうな顔の麗奈ちゃんを尻目に、咳き込む猫が口から吐き出したものを見てみる。


「麗奈ちゃん……。見て、この猫のゲロ。中に何か入ってるよ」


「えっ……なにこれ?」


そこにあったのは黒い何か、よく分からないがメカメカしいものであった。


吐瀉物としゃぶつ塗れでよく見えないが、素材はプラスチック、なのだろうか……?

少なくとも、猫が意図して飲み込んだものでは無さそうだ。


「【コイントス】」


僕はコインを宙に投げ、運を再び見極める。


結果はまたしても裏。


猫はとうとうこちらへ恐れをなしたのか、それとも腹の中にあった異物感消えてスッキリしたのか、いつの間にかいなくなってしまっていた。


猫の吐瀉物を見つめ、結局プラスチックらしいものが何だったのか頭を悩ませる僕と麗奈ちゃん。


そんな僕達の元へ、明らかに近づいている音が複数。


「……麗奈ちゃん。気のせいじゃないよね」


「うん。これは……何の音かな?」


僕と麗奈ちゃんは耳を澄ます。


周囲で動いているものはいくつ存在している?


音の発信源は、おそらくいち、にい……三つ。


音の大きさはトカゲ人間の時よりは小さいが、猫よりは大きい。


音の結構な近距離にいるにもかかわらず、草むらに紛れて姿を隠している5つの……おそらくは動物。


「……麗奈ちゃん。逃げよう!」


「うんっ!!」


いずれにせよ、このままではロクなことにはならないことは確かだろう。


この辺りも草木がそこそこ多く、野生生物やトカゲ人間が相手であれば、間違いなく一般人であるこちたの方が不利だ。


そして森よりも中途半端に開けているせいで、何かに隠れることもできそうにない。

少なくとも、人間にとっては。


もっと神社のような隠れ場所が多いところか、草木も何も無くて戦いやすい平地へ移動しなければ。


獣道を進み、丘を登っていく。


例の足音は草むらから飛び出し、僕達を追って姿を現していた。


四つの足に鋭い牙。

それは多くの人間が想像には難くないであろう、三匹の狼。


ニホンオオカミは絶滅したハズだが……シベリアかどこかから連れてきたのだろうか。

……などと、呑気な事を考えている場合ではない。


狼は、明らかにこちらよりも早いスピードで後を追ってきている。


「マズいマズいマズいマズいッ!!このままじゃ、すぐに追いつかれるッ!」


「……閃いた!うー、そいっ!!」


麗奈ちゃんはおもむろにポケットから支給されたスマホを取り出し、先頭に立っている狼に向けて投げる。


「麗奈ちゃん!?何を……!」


それは見事、狼の鼻に命中。

文字通り出鼻をくじかれた一匹の狼はその場で鼻を押さえてうずくまる。


「【電波少女ファイブジー】!」


そして、麗奈ちゃんは放り投げたスマホを追うかたちで丘の上まで瞬時に移動。


そのまま、狼が反応するより前にもう一匹の狼へ蹴りを入れた。


しかし、最後の一匹が麗奈ちゃんの左脚を狙って噛みつこうと飛びかかる。


「危ないッ!」


僕は狼から離れるように走っていた足の向きを180度変え、その狼の腹部にドロップキック。


しかし、やはりこの狼もどこか異常で、三匹とも一撃は攻撃を食らったのだから、怯えるなり威嚇するなりしても良いハズなのだが……そんな素振りなど一切見せることも無く、再びこちらを追いかけてきた。


「どうしよう環くん!この狼、全然諦めないよ!」


「どうしようって……!どうしようね!?」


僕達は丘の上にまで何とか辿り着いたものの、狼はしつこくこちらへ向かってきている。


「……これ、使えるかな」


「何!?」


「メス」


「メス!いける!使えるよ!」


麗奈ちゃんは、「ディープ・ステイト」との戦いで僕が窓ガラスから出てきた腕に殴られた直後に振り回していたメスをポケットから取り出す。


そして、勢いをつけて飛びかかってくる狼の口を割くようにメスを向ける。


しかし。


「……う、うわああああああああッッッ!?」


そのメスは狼の歯に当たってしまい、一瞬でダメになってしまった。


麗奈ちゃんがポケットから取り出したそれは一瞬でグニャリと曲がってしまい、もはや使い物にならない。


一撃は狼の歯を弾くことで噛みつきを防ぐことができたものの、残りの二匹は変わらずこちらへ向かってきている。


「……ええい、一か八かだッ!!」


僕は狼の一匹に向かって走り出し、足を踏み切る。


「環くん!?何やってんの!?」


そして、スマホを空高くへ放り投げた。


「麗奈ちゃん!僕のスマホに瞬間移動できる!?」


「できるよ!!それっ、【電波少女ファイブジー】!」


「足元、気を付けて!意外と高い場所に現れるハズだから!」


麗奈ちゃんは宙に浮かぶ僕のスマホへ「電波少女ファイブジー」を用いて瞬間移動。


「おりゃあああああああっ!!」


そして僕のスマホと共に自由落下、狙いを定めて右足を狼の頭上に叩きつけた。


「グォァンッ!!」


その足は、狼の頭部を見事に粉砕。

落下の勢いが乗った麗奈ちゃんの食らった狼は、ピクリ、ピクリと震える以外に動かなくなってしまった。


これで、残るは二匹。


一対一に持ち込んで、各個撃破するか、一匹の注意を逸らしてもう一匹を集中攻撃……などすれば、ひとまずはこの狼達を何とかできるかもしれない。


「ナイス、麗奈ちゃん!」


「いぇいいぇい!ブイッ!」


麗奈ちゃんはこちらへ向けて右手でVサインを作りながら、今にも脚へ噛みつかんと迫ってきた狼に回し蹴りを食らわせる。


そこから続けて、自分のスマホを蹴り飛ばした狼に投げつけ、「電波少女ファイブジー」で瞬間移動。


ちょうど狼の背後へと現れた麗奈ちゃんは、そこから腹部を抉るように蹴り上げ、怯んだところで瞬間移動に使ったスマホを回収。


狼が麗奈ちゃんの方へ向き直った瞬間、鼻先が潰れて血が噴き出す程の威力で全力の蹴りを入れた。


……強い。


麗奈ちゃんが戦う様を見たのは「ディープ・ステイト」もとい義経との戦いが初めてだ。


……現代日本において、夜の繁華街でも無い限りストリートファイトに巻き込まれることは、ほぼあり得ない。

夜の繁華街でさえ、そんなことが起こる場所は限られているだろう。


故に、当然ながら義経と戦うまで、麗奈ちゃんが戦う姿は見た事などあるハズも無かったのだろうが……これは想像以上だ。


それこそ飛んでくるスーパーボールに目を潰されていたでもない限り、麗奈ちゃんと僕が喧嘩などしようものなら……一方的に蹂躙される未来が見える。


冷静に考えれば、鏡だらけの部屋に閉じ込められた際に、「『ディープ・ステイト』のパンチを躱し、それを踏み台にして掃除ロッカーの上に登る」なんて芸当を見せているのだ。

運動神経、格闘センス、その他諸々が鈍いハズが無かった。


「凄い!凄いよ麗奈ちゃん!」


「えへへへ……それっ!」


そして僕があたふたしている間に、最後の一匹の横っ腹にも麗奈ちゃんの蹴りが入る。


「うわぁ」


あまりにも容赦の無い蹴り。


……正直、何故途中までわざわざ狼と戦わずに僕と一緒に逃げていたのか分からないくらいである。


「そぉぉぉ……れッ!!」


「ギャァ……」


そして、麗奈ちゃんは狼が起き上がる前に腹部を抉るように蹴りを入れる。


激しく嘔吐した後、狼は一目散に逃げていってしまう。


それを見送った麗奈ちゃんは、僕の側へと駆け寄ってきた。


「……ふ……普通に格闘が強すぎないかな!?何でわざわざ途中まで僕と一緒に逃げてたの!?」


「流石に三対一は無理だからだよ!それに、環くんがスマホを投げて狼の死角にワープする戦い方を教えてくれなかったら、二対一でも無理だったと思うし!」


「そ、そう……?」


僕は失いかけていた存在意義を気持ち程度取り戻し、狼達の死体を放置して丘を越える。


すると視界の先にある小山に、老朽化した神社が見えてきた。


「わぁ……雰囲気あるね!アレが七宮浜神社?」


「そうみたいだね。……さあ、行ってみようか」


「うん!」


僕は最初に麗奈ちゃんを瞬間移動させたスマホを回収し、神社を目指して歩き出した。


「それにしても何だったんだろう、あの狼も猫も……明らかにこっちを執拗に殺そうと向かって来てたよね」


「怖かった……あの猫ちゃんも狼も……死ぬことを恐れてなかった」


「生き残ったまま逃げた猫と一匹の狼、両方ともゲロを吐くまでは……ね」


麗奈ちゃんが殺す前に逃げ出した猫と一匹の狼には、どちらにも「ゲロを吐いた直後に逃げ出した」という共通点がある。


それに気付いていたのは僕だけではなく、麗奈ちゃんもそうだったようで。


「何か変なものでも食べたのかな?木の実とか……」


「さぁ?よく分からないけど……何か、近くに何か変なものが無いか探しながら、神社まで向かおうか」


「うんっ!自分達を守るためでも、動物達にゲロ吐かせたり、最悪、殺したりするのは何か気が引けるし……ね!」


「あっ、待ってよ麗奈ちゃん!」


麗奈ちゃんはグッと拳を握る。


そして、僕の手を引いて神社へと走っていった。


「環くん!!」


一方、その頃。


「クケ……カァ……」


「ほら、大人しくしなさい。ちょっと身体を借りるだけだから、ね」


「カァ、シャー……」


七宮浜神社の境内。


そこに座り込む少女は、蛇の口に何かを捻じ込んだ。


「【ベリ・チップ】……。私の駒になりなさい」

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